「花は香り、人は人柄」

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藤尾秀昭

六人の人生の達人の言葉は、煎じ詰めれば一に帰する。その一とは何か。それは、「花は香り、人は人柄」ということである。見た目にいくら華やかで艶やかでも、造花には真に人を引きつける魅力はない。人もまたいくら実力があっても、傲慢で鼻持ちならない人に人間的魅力はない。まず自分を創ること。自分という人間を立派に仕上げること。そして、徳の香る人になること…六人の先哲がその生涯を通して語っていることは、その一点に凝縮される。これこそ人生で一番大事な法則、これを遵守すれば人生は大丈夫という原則、すなわち人生の大則であろう。

では、どうすれば自分を創ることができるのか。六人の先哲が言っていることは、概次の三つに集約される。
一つは、人生に対して覚悟を決めること。覚悟を決めない限り、真の人生は始まらない。先哲は繰り返しこのことを説いている。沖縄の漁師が言ったという。「遠洋の漁場に出ようと決めると、風が起き、帆がざわめき、波が立ってくる。だが、まだ覚悟が決まらない船には風が起きんのよ」人生もまた然りである。
二つは、傲慢になるな、謙敬(謙虚で、敬い、慎むこと)であれ、と教える。不遇の時には謙虚だった人が、うまくいきだすと傲慢になる。人間の通弊である。だが、傲慢になった時、天はその人の足をすくう。その事例は数限りない。
三つは、誠実であれ、ということ。誠実は古来聖賢がもっとも大事にした人間最高の徳目である。あえてもう一つ付け加えれば、「久」であろう。久しく続けることで、人生の大則は揺るぎないものになる。

「あらゆるビジネスはリスクを伴う。打ちのめされる覚悟をしておけ。冒険なくして成功がやってくることは滅多にない」(リチャード・ブランソン )
物事が動きださないときは、覚悟が決まっていないとき。もし失敗して、打ちのめされても仕方なし、と肚が決まっていないときは、行動できない。香りとは余韻だ。人の魅力もまた余韻にある。またあの人に会いたいと思わせる、長く続く余韻だ。

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『笑顔で開運』

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石川洋

《喜びのタネを播くこと》
釈尊は人間がこの世になしておくべきことは、生まれ変わり、生まれ変わり、一粒でも善きタネを地上に播くことであると諭して下さっている。間違っても、怒りや憎しみ、苦しみや悲しみのタネを播いてはならない。できることならば「苦しい時はあっても苦しい人生はない」おかげ様の感謝のタネを人生の結語として播かせていただくことである。

《百年の根を養うこと》
百年の根とは徳を養うことである。人間が最後の最後まで抜け切らないものは小さな欲心である。
詩人・坂村真民先生が「芭蕉が晩年、死を覚悟して奥の細道の旅に出られたのは、駄目になる自分をさらけ出して、自分を磨くためであった」といわれている。感動してお電話をおかけした。90歳になる先生が、「それがわかるのは私の歳になってからだよ」と答えられた。耳底にのこされた忘れられないご教示である。

また、「帰る時には来たときよりも美しく」という、しみじみとした先人の名言がある。深めれば深めるほど、染み入る言葉である。できるならば、過去に無限の恩を感じ、未来に無窮の恵みを信じて、笑顔で人生を全うしたいものである。

歌人・会津八一
「あめつちにわれひとりいてたつごときこのさびしさをきみはほほえむ」人生の美しさは一切を受けとめて、微笑みを拝する人になることであろう。

我々があの世にいくとき、あの世の番人に聞かれることがあるという。それは、生まれてからあの世に行くまでに、「どれだけ自分を高めることができたか」、「どれだけ人に喜んでもらったか」、「どれだけ人の役に立ったか」という問い。この世で、愚痴や不平不満、泣き言、悪口や文句のタネを播き続けるなら、また次に生まれ変わったときに、それをやり直さなければならない。だからこそ、我々が生きているうちにやらなければならないことは、「喜び」や、「おかげ様」や、「感謝」のタネを播き続けること。

「我々は遠くから来た。そして遠くまで行くのだ…」
イタリアのパルミーロ・トリアッティ
せっかく我々は、この時代、この世に生を受けた。そして、いずれは遠くまで行く。つかの間の一生、せめて「立つ鳥跡を濁さず」のごとく、「帰る時には来たときよりも美しく」を心がけたい。そして、「出処進退をわきまえる」引き際の鮮やかな人は美しい。

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私のリーダー論

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 ハルメクホーディングス社長、宮沢孝夫

通信事業では補正下着を扱っていた。販売する理由は、シニア女性には体系を補正したいニーズが強い、という思い込みだった。自分たちの解釈を優先してビジネスを考えていた。先入観や思い込み、主観的な見方に基づいた「~らしい」かどうかで判断することは、結果としてお客様を理解することを怠ってしまう。

シニアの女性が望んでいることを、先入観を持たずに等身大で理解する意識改革を促した。顧客を理解することは、企業経営にとって本質的なことだが、あくまでスタート地点に過ぎない。社員には常にチャレンジすることを求めている。

従来の延長線上で仕事をしていても、数年後には陳腐化してしまう。絶えず新しい切り口や方向性を見つけ、チャレンジすることの重要性を説いている。発想の転換を促す挑戦をしたことで新しい市場を作ることができた。だからこそ、社員には私を持って欲しい。

発表者に対しては「分析結果を受けて、あなたはどうすべきだ考えるのか」「発表内容に対してどうすべきか」と質問すことを心掛けている。同僚の発表を聴いた社員にもあなたの意見はどうなのかと問いかける。会議では調査報告に終始してしまうことを許さない。社員一人一人が自分の思いを表明しない組織からは、新しい挑戦は生まれない。

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読書力を鍛えるためには?

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「何かを知っている事」と「相手の意図や言葉を正しく読み取る事」の  どちらが重要かといえば、間違いなく後者です。  

知識は時間・時代の流れと共に、常に新陳代謝をしていかなければなりません。   その新陳代謝のスピードと質を決めるのが「読み取る力」です。 そして、読書力そのものを鍛えるためには、 今の自分の読書力を超えるものを、読むしかありません。

言葉を表面的に、なぞっていくだけで分かってしまう文章を、 いくら読んでも理解力が高まる筈がありません。私たちは「知る喜び」を手に入れる事にかまけて、 「理解する力を高める作業」を置き去りにしてはならないのです。 

なぜ「古典」なのか? 理解する力を高める作業は、古典を読まなくても可能です。 具体的でない言葉で書かれた本、想像力を駆使しなければ理解できない本、  歯を食いしばって読まなければならない本、そういう本であれば、良い訳です。  手っ取り早くて、ハズレがないのが「古典」というだけです。  

大事なことは「具体的でない」という部分。 違う言い方をすれば「抽象的である」ということ。 あるいは「経験を超えている」ということ。 そういう読みにくい言葉と闘うことで、 私たちの理解力、想像力は高まっていきます。  

古典を読むぞ-!とか息巻いて、いきなり『方法序説』とか『エミール』とか  読んでも沈没する可能性が大でして、 どの程度まで遡るべきかというのは、実に難しい問題です。

第一段階は、30年以上前に出た本でいいでしょう。 30年というと「一世代」経過します。 その頃出版されて、未だに残っている本には、ハズレがありません。  そこから1960年以前の本へ。 昭和初期から戦後まもなくに書かれた本は、 「読みやすさ」なんてものが、一切考慮されていません。読者を選ぶ本がほとんど。そこに挑むわけです。 そして近代へ。さらに西洋の古典へと… 広げていって見ては、いかがでしょう?

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運を引き寄せる法則

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精神科医、和田秀樹

運の強い人は、じつは、やって当たり前のことをきちんとやっている人なのです。平凡といえば平凡な答えですが、目立つことだけ一生懸命になって、目立たないことはいい加減にやっている人は、1つの運をつかんでも、それが逃げていくと、もうつかまえる運がありません。

でも、どういう仕事、どういう役割であっても一生懸命にやっている人は、いろいろなところで運をつかむチャンスに出合います。あなたの周りを見てください。「彼には安定感があるな」とか「彼女はいつも朗(ほが)らかだな」と思わせる人は、自分本来の仕事はもちろん、どんな小さな仕事や目立たない作業、地味な雑用でもきちんとこなしているはずです。しかも一生懸命、楽しそうにやっているはずです。
そういう人は、大きく落ち込んだり崩れたりすることはありません。本来の仕事が不調でも、ミスが続いても、全体の仕事を信頼されていれば周囲もちゃんとフォローしてくれます。

それに対して、ポイントを稼げる仕事のときだけ張り切るタイプは、運をつかめばそのときは勢いがよくなりますが、周囲は冷ややかです。「やることやってないじゃないか」と、あ「わたしはあの人、信用していない」といった見方をします。すると、せっかくの運も孤立します。

じつはここが大切なところで、わたしは「みんなが喜んでくれたり応援してくれる幸運」は長く続いても「孤立した幸運」はすぐに終わってしまうと思っています。たとえば美味しいものが手に入っても、自分ひとりで楽しんでしまおうとする人と、仲間に声をかけて一緒に食べようとする人では、その後に続く幸運の長さがまったく違います。
自分ひとりで楽しめば、幸運を独り占めできるかもしれませんが、食べてしまえばおしまいです。誰も美味しいものをプレゼントしてくれないのです。でもみんなで楽しむ人は、幸運の量は減っても誰かがまた声をかけてくれます。

「この間はとっても楽しかった。今日はわたしが珍しいものをご馳走しますよ」と声をかけてもらえば、思いがけない幸運を味わうことができるのです。この繰り返しで、長く幸運に出合い続ける人生のほうが、はるかに幸せなはずです。『わたしは高齢者専門の精神科医になったことで、歳をとってからみじめな思いをするのはおカネがないことではなく、若い人に慕われないことだと思うようになりました。いくら経済的に恵まれていても、家族や子どもたちはもちろん、誰からも慕われずに生きていくというのは不幸な人生だと気がついたのです。
すると、わたし自身の人生観も変わってきます。おカネを貯め込むことより、自分の好きなことにおカネを使って、いろいろな人と楽しくつき合い、頼ったり頼られたりしながら生きたほうがずっといいと思うようになりました。そこから開けてきた運というものが、たしかにあるのです』

慕われない人は、美味しいものを独り占めする人、つまり、自分だけよければいいと思っている人。また、愚痴っぽくて、不機嫌で、ケチで、人の話を聞かず自分の話ばかりだったり、目立つことが好きで、地味な仕事は手を抜くような人は、つまり、誠実さや信用がない人。

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『まず、人を喜ばせてみよう』

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書店「読書のすすめ」店主、清水克衛

《将来の目標はない方がいい。自分の夢なんて忘れてしまおう》

“成幸”体質っていうのは、より「バカ」になることなんですよ。
よく、「人生、目標を持つんだよ。自分の目標がない人は、途中で挫折しちゃうから。ただ漠然と生きているとなんとなくそのまま流されて、自分の夢や理想の人生が生きられなくなっちゃうから」って言われてますよね。

でも私は、うちの若い人たちには、「目標を持つな。志を持て」って言ってるんですよ。私たちのやっているNPO法人「読書普及協会」は、自分の小さな夢を目標にしている人たちの集まりじゃなくて、みんなが、それぞれ、目の前にきた人を元気にしようっていう志を持った人の集まりなんです。
「目標を持って、それに向かってコツコツ実現していく」確かに、それもひとつの王道なんです。「バカ」と言われるくらいにそこに突き進んだら、きっとうまくいくことでしょう。
ただね、目標にしばられて、その通りにできなかった時、イライラしちゃったり、がっかりしちゃったり、中途半端な自分に悩んじゃったりとか、そういう考え方だけしか知らないことで苦しんじゃっている人、いませんか。
それだけじゃなく、「私って、これって言える夢とか目標がないんです。それが悩みなんです」って悩んでいる方、いらっしゃいませんか?

そんな方のために、他にも王道があるんです。それが、「目標を持たなくてもいい。そのかわり、自分の人間力を限りなく高めていく。そうすると、やがて人生は思ったとおりになる」って方法なんです。
「日本一の何々になる」とかって、遠くから目標を持ってくるんじゃなくて、目の前の人、目の前の物事に心を込めて集中するんですよ。私の場合もそうなんです。
ただ、来てくださったお客さんを喜ばすことに集中していただけなんです。目標は、遠くにあるんじゃなくて、目の前にある。それを、“顔晴(がんば)”る。そうすると、自然に道ができてきちゃう。

目標がなくても「あきんど感覚」さえあれば、道って自然に開けてくるものなんです。『「あきんど感覚」っていうのは、自分のまわりにいる人を喜ばせて、その結果、いつのまにか自分もツイてる人になってしまうという、神さまの知恵。

本物の商人っていうのは、とっても魅力的で、「人を喜ばすスペシャリスト」です。』商売においても、「目標日本一!」とか「売上高〇〇億円、店舗数〇〇〇店を達成する!」という威勢のいい目標を掲げている会社がある。もちろんそれはそれで素晴らしいが、本質的に言うなら、一店一店の実力を極限まで高めていくことの方が王道。それは、一店一店が筋肉質で、どこに出しても恥ずかしくない高いレベルにまで努力し、同時に、働いている社員やスタッフが自社のことを、「いい会社」だと思える会社。逆に、店を出せば出すほど、一店一店のレベルがどんどん下がっていくなら、それは倒産の道に向かって突き進んでいる。

それは、人においても同じで、目標や夢の実現より先に、自分の人間性や徳性をどこまで高めることができるかが、本筋での努力。目標や夢を追求するあまり、家庭が崩壊してしまったり、身近な人たちとの人間関係がおかしくなるなら、それは本末転倒。

「近き者説(よろこ)び、遠き者来る」論語
孔子は、「近くにいる民が喜び幸せであるなら、遠くにいる民もそれを聞いて集まってくる」と言った。身近な人や、自分の周囲にいる人を幸せにできない者は、遠くの人を幸せにすることはできない。遠くの人とは、商売でいうならお客さま。ただひたすら、目の前の人を喜ばせることを考える。お客さまも、スタッフも。どんなときも、高い志を持ち、人を喜ばせることを実践する。

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私のリーダー論

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マネーフォワードCEO辻庸介

チームで議論していると、いろんな意見に直面する。ただ、どれが正解なのか分からない。少しでも正解にたどり着く可能性が高い選択肢を選べるかどうかが重要になってくる。本当に起業初期は真っ暗闇を走っている感じだった。

正解は利用者にあった。利用者に使ってもらわなければ、存在価値は無い。利用者を増やすことで会社の資金調達が可能になる。だから利用者の声は大切にしている。

上場前に、組織が崩れたことがある。成長過程で人材が足りないため、採用基準が甘くなったのが原因だ。大きな基準として、ミッション、ビジョン、バリュー、カルチャー(MVVC)をつくらなければいけないと感じた。
自分たちはどういう会社を目指して、その過程をどういう価値観で作って行くのか。会社が大きくなると社員との意思疎通が難しくなる。リーダーとして発信をきちんとしようと心がけているので、社内のスラックで発信している。発信しなければフィードバックもありませんから。

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『夢をかなえる 口ぐせの心理学』

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医学博士、佐藤富雄

人の現在の姿というものは、その人の口ぐせの産物と言っても過言ではありません。 なぜなら、その人の考え方がその人の人生をつくっており、考え方は言葉によってつくられているからです。

自分の口ぐせを思い出してみてください。 家に帰った時に、「あ~あ、疲れたな…」と言いながら、バッグや上着をベッドに放り投げたりしていませんか。 このような人は、一生「あ~あ」の人生になってしまう危険性があります。 また、「チェッ!ついてないなあ。運がないな…」 「もう歳だから…」などと、こんな否定的な言葉を、いつも口にしていませんか。 私たちの脳は、自身が発する言葉を正確に読み取りますから、否定的な言葉ばかり口にしていると、そのとおりの人生になっていきます。

逆に、いつも肯定的な言葉を使い、前向きな考え方をしていれば、そのような方向へと人生は動いていく。 人生が充実したり実りあるものになるか、つらいものになるかの分かれ目は、すべて自分の言葉にあるということです。

何かにつけ「すみません、すみません」と言っている人は、一生申し訳ないという頭を下げ続ける人生を送るに違いありません。 何かにつけ「ありがとう!」と言える人は、感謝に満ちた人生を送れることでしょう。

私の友人で、今はすばらしい実業家になりましたが、かつてはどうにもお金儲けのうまくない男がいました。 彼は仕事でも趣味でも上手にやり遂げられるのですが、お金だけはどういうわけか貯まらない。 周囲の人間はみんな首を傾げていました。 じつは、彼は大変重大な誤りを犯していたのです。 たぶん育った環境がそうだったのでしょうが、彼は「お金は汚いものだ」と頑固に思っていたのです。 そういう考えを身につけていたせいで、仕事をするとき必ず「私は金儲けはうまくありませんが、仕事はまじめにやります」と言うのが口ぐせでした。

この言い方は相手の耳に快く響きます。 だから、彼の仕事は順調でしたが、この口ぐせを繰り返せば繰り返すほど、相手にだけでなく、自分自身にも言い聞かせることになり、その結果、彼は「金儲けの下手な自分」という自己像をつくり上げ、そのとおりの人生を歩んでいたのです。

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『番狂わせを起こす人』

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野村克也

「教えてほしい。今年で83歳になる老いぼれの話を、あんたら、なぜ聞きたがるんだ?」取材に来た雑誌社の人間に、一度、真剣に尋ねたことがある。いまのプロ野球事情をどう思うか。プロフェッショナルとは何と考えるか。あるいは、生き方や働き方へのアドバイスに至るまで…。なぜか、一介(いっかい)の年老いた野球評論家である私のところに話を聞きたがる人が、じつに多いからだ。
すると、彼らに即答された。「いや、他にいないからですよ」まったくその通り、と笑ったものだ。別段、私の話に特別な知見が詰まっているわけではない。他に話してくれそうな年寄りがいないから来るだけなのだ。裏を返せば、野球界で、ものごとをしっかりと言葉に変えて表現できる人間が、他にはいないということだろう。番狂わせが起きた、と感じる。

私がプロ入りしたのは半世紀以上も前。当時、野球の人気は圧倒的だった。野球選手といえば、世間の誰もがうらやむ職業だった。それだけに、全国からの野球エリートが集う場でもあった。一方の私はテスト生として、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)というチームの端っこにぎりぎり引っかかるように入った人間だ。
誰よりも努力しなければすぐにふるい落とされる。そんな思いでひとり必死に練習を重ねた。結果として、レギュラーの座を勝ち取ったが、その後も不安が消えることはなかった。稲尾和久や王貞治、長嶋茂雄など、同時代のスターや天才たちの背中に追いつくためには、誰よりも頭を使うしかなかった。相手選手のデータを集めて分析し、配球を研究することで、プロのグラウンドにぎりぎりしがみついた。

おかげで長きにわたり現役生活を送れたが、引退後は監督となるには学歴がなく、ゴマすりも苦手だった。
「それなら日本一の野球評論家になろう」と決意し、野球の知見を広げるだけでなく、啓蒙書や哲学書、中国古典などを読み漁(あさ)った。人間を知ることが野球を知ることにもつながると教えられたからだ。そして身につけた野球観は唯一無二のものだったようで、新聞やテレビの評論で重宝されるようになった。

その評論が縁で、現役時代は縁もゆかりもなかった3つのチームを監督として率いることになった。そして、いまだ。私はいつも「敗者」からのスタートだった。だから自分を磨かざるをえず、必死にもがき苦しんで、周りに追いつこうとしてきた。変わることを厭(いと)わず、頭と言葉を武器にしてきた。こうしてなんとかしがみつくことで身についた“筋力”のおかげで、この年になってもなお、現役のようにいろいろなところから声をかけてもらえているのだと思う。

一方で、学生の頃、プロ野球の現役時代、監督をしていた当時…周囲にいた才能あふれる者たちの姿は、あまり見かけなくなってきた。才能がない。運がない。エリートではない。そんな人間こそが、番狂わせを起こす。
古今世界の歴史をひもとくと、順調に経歴を重ねてきたエリートや才能あふれる人たちが、必ずしも成功してきたわけではない。逆に、逆境を乗り越えたり、不幸な環境をひっくり返して成功してきた人は多い。

既存のレールに乗らない、番狂わせを起こす人たちだ。それは、松下幸之助翁のように、「貧乏」、「体が弱い」、「学歴がない」などというハンデがあった人たち。
逆境にあっても、「なにくそ」と発憤する人たち。
逆境にあっても、自己研鑽を怠らない人たち。
逆境にあっても、自分の魂を磨きつづけてきた人たち。
逆境にあっても、「打つ手は無限」と決してあきらめない人たち。

現代は、ITやAIによる何百年に一度の大変革の時だ。大変革の時は、番狂わせは世界中で起きる。ありとあらゆるものが、順当に行ったり、予想した通りに動いてくれる時代ではないからだ。

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どんな状況の中でも咲く努力をする

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斎藤一人

不幸な人って、「私にはあれがない」とか「これができない」とか、“自分にないもの”に焦点を当てようとするんです。そうではなくて、「私にはあれがある」「これもできる」とか、“自分にあるもの”に焦点を当てたとき、人はしあわせになるんですね。

人間には“業(ごう)”ってものがあるの。それは神様が与えてくれたものなんです。だから、その神様の与えてくれたものでしあわせになるの。ポーカーでも、配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てないんです。配られた手でどうやって勝とうか、って考えないと勝負には勝てません。

何かハンデを持って生まれてくる人がいるんだけど、そういう人は魂的に優秀な人が多いんです。それで実際、まわりの人は「困るでしょう?」って言うけど、それほど困らない。

「私、足が遅いんです」って言う人がいるけど、車の運転ができてポルシェにでも乗れば、その人は時速200キロだって出せるんだよね。だから人はそれぞれ、得意なことを一生懸命やればいいの。
それで苦手なことは必ず誰かが助けてくれるから。人はそうやって助け合い、補い合って生きていくものなんだよね。

それを不得意なことをなくそうとかってやっていると、大切な人生の時間があっという間になくなっちゃう。
それより、得意なことで、みんなのお役に立てればいいんだよ。

「置かれた場所で咲きなさい」渡辺和子
どんな状況の中でも咲く努力をするということ。もっといい条件でなければ咲くことはできない、と言っているなら、いつまでたっても花を咲かすことはできない。与えられた条件の中で、どれだけいいパフォーマンスをあげることができるのか。何もかもそろっている人は、結果としてうまくいかない人が多い。
豊かで条件がそろっているがために、そこからの努力をしないからだ。「配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てない」

エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

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