『対等で謙虚な姿勢』

Pocket

山崎武也

小さな子供に話しかけるとき、立ったまま見下ろすような姿勢でしたのでは、きちんとしたコミュニケーションは成立しない。一方的に上から下へという威圧感が、子供を無意識のうちに押さえつけているからである。
コミュニケーションは対等の足場に立ってのみ可能である、という原則が忘れられている。まず、物理的に対等な状態をつくり出さなくてはならない。

すなわち、子供に対しては膝を折って姿勢を低くして、目線の高さを同じにするのである。そうすると、子供に対する気持ちの持ち方も、自然に謙虚なものになる。物理的に対等なかたちをつくれば、精神的にも対等な心理状態になれるのである。子供に対しても、友人に対するがごとくに話すことができるようになる。そのような状況に対しては、子供は敏感に反応する。威圧的な大人ではなく、自分よりは経験深い人生の先輩が、自分のことも考えてくれながら自分に話しかけてくれていると感じる。

好意を持って、大人のいうことを聞こうとする姿勢になるのである。子供に限らず大人に対する場合でも、例えば車椅子の人と話をするときは、やはり、しゃがんでからにする必要がある。
講義や講演をするときは、講師は一段と高くなった壇上から話すことが多い。もちろん昔から顔が見えるようにという配慮もある。しかし、押しつける話ではなく、人の心に訴えかける話をする場合は、講師の目線が学生や聴衆のとできるだけ同じ高さになるように配慮する。そのほうが、話の内容が聞く人の頭の中にスムーズに入っていく。それだけ理解の度合いが高まる。

人に対する場合は常に謙虚にという心掛けが重要なことは、誰でも知っている。高ぶることを戒め、身を低くする心構えである。
しかし、物理的に身を低くすることは、意外に忘れがちな点である。平身低頭はいきすぎであるが、身も頭も相手と同じ高さに保って話をする
「並身低頭」を肝に銘じる。そこから優しい人柄が滲み出てくる。

「上から目線」という言葉がある。相手の発言や態度が上から見下ろして、モノを言っているように聞こえるときに言う言葉だ。
「偉そうに見える」、「威張っているように見える」、ということ。上から目線でモノを言われると、たいていの人はカチンとくる。偉そうな態度を改める一つの方法が、身を低くするということ。

言志四録の中に、「志は高く、身は低く」という言葉がある。身は低くとは、腰を低くすることであり、謙虚な姿勢のこと。また、レストランなどでも、膝を折ってしゃがんで注文を聞くスタイルをとっているところがある。膝を折って注文を取るスタイルにすると、苦情が圧倒的に減る、という話を聞いたことがある。

エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

Pocket

『言葉は魔法』

Pocket

斎藤一人

《困ったことが起きたら「面白いことが起きた!」と言ってみな。奇跡が起きるから。》

人間を「成功に導く階段」があります。それは「困ったこと」なんです。「困ったこと」が起きたときは、「困ったなぁ」って言わないこと。
なぜなら、階段を一歩降りてしまうことになるから。だから、困ったことが起きたら、「面白いことが起きたぞ!」と言ってごらん。階段をひょいと飛び上がることができるから。

「面白いことが起きたぞ!」と言えた時点で、世間にも神様にも「こんなことで困っていないよ!」という宣言になるんです。このひと言で「あなたの勝ち」が決定するんですよ。

《「おいしい」って、言って食べると「おいしい料理」。黙って食べると「ただの料理」。》『まずいときは、「まずい」って文句を言うくせに、おいしいときに、「おいしい」って、言わない人がいるんだよね。
おいしいときは、「おいしい」って言おうよ。いっしょに食べてる人も、作った人も嬉しくなるんだよ。それだけで人生、ずいぶん違うよ』

「言葉は魔法」といわれる。自分の言った通りになるからだ。困ったことでも、嫌なことでも、つまらないことでも、それを「面白い!」と言えば、自分の脳はそこから面白いことを探し始める。
「おいしい!」も同じ。そして、「面白い」も「おいしい」もまわりが明るくなり、喜ぶ言葉だ。まわりが明るくなって喜び、自分も明るくなって喜ぶ言葉を、どんな時も言うようにする。

エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

Pocket