「7つの習慣」

Pocket

 スティーヴン・R.コヴィー 

Begin with the end in mind.最終目的を心の中に持って始めなさい。
コヴィー博士は、「自分の葬式に出ている場面を想像してみて下さい」と面白い質問を投げかけています。

あなたは、臨終に、「自分の人生は、こんな意味のある人生だった」と言えるでしょうか?もし言えたとして、一度きりの人生、それで後悔はないでしょうか。

人間に生まれてから、死ぬまでの間、人生全体の最終目的をハッキリさせてから、人生のスタートを切ることを言われているのが、最終目的を心の中に持って始めなさい。ということです。
ほとんどの人が人生に失敗するのは、最終目的が決まっておらず、いつまでたっても曖昧。
コヴィー博士は、はしごをかけ違えてしまえば、努力すればする程、努力が無駄になると言っています。

臨終に、「無駄な人生だった」と気づいても手遅れです。ハッキリした目的があってこそ、努力が実るのです。少々つらいことがあっても、がんばれるのです。何の為に生まれてきたのか、何の為に生きているのか。人生の意味究極の目的をみんな知らない。
人間に生まれてきたのはこれ一つ果たす為だ!という人生の目的をハッキリさせてものごとを始めましょう。

身体は1つです。目的を絞ることは必要ですね。我々はエンジエオイル、OEM
をする中で、どう成長するかを考えねばなりません。

Pocket

「ギブ・アンド・ギブの時代」

Pocket

志賀内泰弘

ギブ・アンド・テイクは昔からある言葉です。でも、このギブ・アンド・ギブも、最近あちこちで耳にするようになってきました。
人に、与えて、それでも与えて、見返りを期待しない生き方こそが、結局は幸せになれる一番の近道なのです。
そうお話すると、あるとき、会場から反論がありました。「それじゃあ、自分は死ぬまで損するだけだし、貧乏になってしまう」と、たしかに、見返りを期待せずに善行を施すのは、難しいものがあります。これからはギブ・アンド・ギブの時代ですよ、と喋っている本人だって、なかなか実行できていません。
そんなとき、ダスキンの創業者である鈴木清一氏の言葉をお借りすることにしています。
《貪欲な人になるな》
ぬけ目なく、損をしないように上手に立ち回る人がある。ところが、反対に自分が損だ、と分かっていても上手に立ち回れない人もいる。それぞれの人柄である。
ただ長い人生で、本当に損をしないのはどちらであろうか?すくなくとも、貪欲な人は世間から好かれない人である。
鈴木氏は、「得な道と、損な道があったら、迷わず損な道を歩いてきた」とも言っています。そして、損をするどころか、一代で大企業を育てあげました。
どうしても、人は目の前の利益に心を動かされてしまいます。でも、見返りは、与えたその人から返ってくるとは限りません。まったく予期せぬ方向から、突然やってきたりします。それも、忘れていた頃に。
常に、損得でしか動かない、という人は、自分の利を真っ先に考えてしまい、心底、人を喜ばせることができない。見かえりを求めてしまうからだ。
「ギブ・アンド・ギブ」の人は、決して見返りを求めず、人が喜んでくれることが、ただひたすら嬉しい。
好きか嫌いか、楽しいか楽しくないか、を考えて動く人は、損得を基準にはしない。人間的な魅力のある人だ。
反対に、効率第一、損得や打算の「貪欲な人」には、人間味も余韻もない。

エンジンオイル、OEMを生業とする我々は、楽しいか楽しくないかで決めましょう。

Pocket

「走ることについて語るときに 僕の語ること」村上春樹

Pocket

ひきた よしあき

50歳を手前にして、人生が急勾配になったように見えた時期だった。青春の晩年のような時期で、何もかも若手の勢いに追い越され、先を走る人たちとの距離がどんどん広がるように思えてならなかった。そんな時期に、この本に出合った。 
村上さんの走ることについての言葉、「僕が目にしているのはせいぜい3メートルほど先の地面で、それより先のことは分からない。僕のとりあえずの世界は、ここから3メートル先で完結している。その先のことを考える必要はない」。コツコツやる、という抽象的な言葉が、急に具体的になったように見えた。3ページ先が面白いか。充実しているか。ダメなら3ページ前から戻ればいい。とにかく前へ進むんだ。
村上さんが書いているけれど、大切なのは集中力と持続力なのだ。村上さんは、マラソンを走るとき、どんなに厳しい状態でも、止まったり、歩いたりしない。人からは歩いているような速度に見えても、自分では走る意思を持っている。だから自分の墓碑銘には、「少なくとも最後まで歩かなかった」と書いて欲しいというところでこの本は終わる。 
この言葉が、やがて50歳を迎える私にどれだけ力を与えてくれてことか。人間だから、スランプも限界も感情がコントロールできない時もある。しかし、大切なのはそれでも歩調を緩めないことだ。人が去っていっても、人生という長距離の中では必然だし、経験則として離れた人数分の新しい出会いが必ずあるものなのだ。 
そんなわけで、私はこの本をみんなに推奨している。私の人生哲学は、村上さんの受け売りで物真似だから、これは私の人生哲学書でもある。

エンジンオイル、OEMの仲間へ。村上春樹さんの生き方はグーですね。
大いに参考にしましょう。

Pocket

『大丈夫・そのまま!』

Pocket

《しあわせ通信・第九集》本心庵 立花大敬

ヘレン・ケラーの『楽天主義』という本を読みました。彼女の大学時代の処女作だそうで、小さな本ですが、文章が若々しくて、5月の青空に照り映える新緑を見るような、爽快な気分が残りました。
『幸福は心の持ち方の問題で、外見から他人が判断できるものではない。…しかし、世の中の大半の人は、幸福の度合いを、外見的に判断できる体の健康状態と財産の多寡で推し量ろうとする。その目線に立つと、健康と財産が世間並以上であれば幸福であるが、そのうちいずれかが水準以下であれば、不幸な状態であると嘆くことになる。そのような基準で幸福を考えれば、私のように耳が聞こえず、目が見えない者は、普通の人が持つ機能を失っているのであるから、幸福など望むべくもない。家に閉じこもって、ひたらすら身の不幸を嘆き悲しむだけで一生を送ることになるのではないだろうか。
ところが、私は、盲・聾・唖の障害者でありながら、世間の常識に反して自分は幸福であるという考え方を信条としているのだから、これから私が述べる楽天思考の証明には、世の中の人たちに耳を傾けてもらえる何かがあると思う』

メーテルリンク(『青い鳥』の作家)がヘレンに尋ねました。「あなたは、本当に自分が幸福だと思っていますか」ヘレンはきっぱり答えました。「私は心の底から幸福だと思っています。もし幸福でなかったら、私のこれまでの人生は無意味ですから。この場で短剣で胸を刺すでしょう」これを聞いたメーテルリンクは、ヘレンをひしと抱きしめ、「あなたは本当に青い鳥を探し出してくれました」と感涙にむせんで言ったということです。
幸福はヘレンが言うように、外から与えられるものではないが、心の持ちようなどという呑気なものでもない。『私は幸福なんだ。これまでの人生で経験したすべてが無駄ではなかったんだ。それらの経験が私をここまで生長させてくれ、幸せにしてくれたんだ』と断固として宣言する《意宣(いのり)=自らの意志を宇宙全体(神)に宣言する)ことなのです。
「幸せかどうかは、自分の心の持ち方次第で、まわりの環境や、自分の財産や健康などという条件によって決まるのではない」、というヘレン・ケラーの言葉は重い。普通に考えるなら、ほとんどの誰もが、ヘレン・ケラーより苛酷な状況にある人はいないはずだ。我々は、そんなに恵まれた環境にあるにも関わらず、それを忘れ、つい不平不満や泣き言、愚痴を言う。
「祈る」は本来、「意宣(いの)る」からきた言葉だ。「祈る」とは、神さまに向かって「何々をしてください」とお願いするのではなく、自分の意(心に思っていることや考えていること)を神さまに向かって宣言すること。自分は…「幸せ」と意宣る。「ついてる」と意宣る。「楽しい」と意宣る。

エンジンオイル、OEMの仲間はヘレン・ケラーの『楽天主義』を心に刻んでもらいたいですね。

Pocket

『伝え方の極意』

Pocket

トークの帝王、ラリーキング

話し上手になるには、2つの守るべき鉄則がある。「相手に興味を示す」ということと「自分のことを素直に語る」ということだ。

【鉄則1】相手に興味を示すこれは、話し相手に、心から興味を持つという意味である。CNNの私のトーク番組『ラリー・キング・ライブ』を見れば、
私がゲストに関心を持っているということを、すぐに感じるはずだ。
私は必ずゲストの目を見て話すようにしている。そして、ゲストに向かって身を乗り出して、彼ら自身についての質問をする。
番組に招いたゲストには、敬意を持って接するのが私のポリシーだ。それは相手が、大統領であれ、殿堂入りのアスリートであれ、『マペット・ショー』のカーミットとミス・ビギーであれ、変わりはない。
どんな人も、豊富な知識があって、話したくてたまらないテーマを1つぐらいは持っている。
話をしている時には、相手の知識に対して敬意を示そう。相手に「この人は私の話に興味がないんだな」とか、「まったく敬意を払ってくれない」と思われてしまっては、会話がうまくいく筈がない。話している相手が自分に敬意を払っているかどうかは、必ず分かるものだ。
あなたの敬意を感じれば、相手も熱心にあなたの話に耳を傾けるはずだ。

【鉄則2】自分のことを素直に伝える。
これは話している相手に素直な態度で向き合う、という意味である。
私が初めてテレビに出演した時は、緊張していることをリスナーに打ち明けた。「『テレビへの初出演だ!』…そう考えるだけで、私は不安になってしまった。プロデューサーが用意してくれた回転椅子に座ったとき、緊張のあまり、私の体は椅子ごと左右に回転し続けた。
私はこう話した。『緊張しています。ラジオは3年間やってきましたが、テレビは初めてなんです』
こうして正直に話すと、緊張感は消えてなくなった。自分の状況を正直に話せば、緊張することなど無いのである」
「己の欲するところを人に施せ」という黄金律は、会話にも当てはまる。相手に正直に話してほしいと思うなら、あなたも相手に対してそのように話すべきだ。
あなたが相手から聞きたいことは、あなた自身も積極的に相手に話すべきだ。
自分の経歴や好き嫌いについて話すのは、会話におけるギブ&テイクである。私たちはそうやってお互いのことを知っていくのだ。私と数分でも話をしたことがあるなら、私がブルックリン出身だということと、ユダヤ人だということを知っているはずだ。なぜか?それは、私は知り合った人には必ず、「自分の生い立ちの話」をするからである。それが私という人間を構成する核だからだ。
仮に、私が吃音(きつおん)症だったら、私はそのことを相手に伝えるだろう。これで、自分の状況を素直に伝えたことになる。素直に伝えると、自分をよく見せる必要がなくなる。
そうして初めて、自由に会話を楽しめるようになるのだ。相手の敬意を勝ち取ることもできる。会話しているとき、相手がふっと、時計に目をやったり、携帯を見たりするようなときは、「ああ、この人は私の話に興味がないんだな」と思ってしまう。
だから、逆に「あなたに興味がありますよ」というメッセージを伝えるには、
相手の目をみて、「うなずき、相づち、驚きの表情、感嘆の言葉」を、会話の間にちりばめればいい。

エンジンオイル、OEMの仲間たちは、話相手に興味を持つ。
そして自分の事は素直に伝える。これを忘れてはいけません。

Pocket

『GRIT やり抜く力』

Pocket

アンジェラ・ダックワース

「おまえは天才じゃない」と親に言われ続けて育った少女が、大人になって「天才賞」を受賞するとは。しかも受賞の理由は、人生でなにを成し遂げられるかは、「生まれ持った才能」よりも、「情熱」と「粘り強さ」によって決まる可能性が高い、と突きとめたことなのだ。
それでもまだ父親が聞いてきたら、最後にこうつけ加えよう。「お父さん、長い目で見れば才能よりも重要なのは、グリット(やり抜く力)なのよ」

そもそも彼らは、自分の目指している大きな目標に、簡単にたどり着けるとは思っていなかった。いつまでたっても、「自分などまだまだだ」と思っていた。
まさに自己満足とは正反対だった。しかしそのじつ、彼らは満足しない自分に満足していた。


第一に、GRITの模範となる人たちは、並外れて粘り強く、努力家だった。
第二に、自分がなにを求めているのかをよく理解していた。
決意だけでなく、方向性も定まっていたということだ。
営業職の場合は、職務経験がものを言うらしく、経験者のほうが未経験者よりも離職率が低かった。
SATのスコアが高い学生たちは、ほかの学生たちにくらべて平均的に「やり抜く力」が弱かった。
ひたすら「同じこと」を考え続ける「才能」に目を奪われてしまうと、同じかそれ以上に重要なもの、すなわち「努力」に目が行かなくなる。

「人生で成功する秘訣の80%は、めげずに顔を出すこと」(ウディ・アレン)
若手を指導する立場になったマンコフは、漫画家志望者には「作品は10単位で持ち込むように」とアドバイスをしている。「漫画も人生もそうだけど、9割がたはうまく行かないからね」。
ひとりが賢くなると、まわりも賢くなっていく調査でもっとも「やり抜く力」が強かったのは、65歳以上の人びとであることがわかる。いっぽう「やり抜く力」がもっとも弱かったのは、20代の人びとだった。
エキスパートは「ニュアンス」に興味を覚える。
「意図的な練習」をしなければ上達しない鉄人は必ず「他者」を目的にする。「1年以上継続」「進歩」をした人が成功する。
「偉大な選手」になるには「偉大なチーム」に入るしかない。

伝説の東大の講義もそうでしたね。ビジネスにおける新しい発想も大事だが、
やり抜く力が一番大事。
エンジエオイル、OEMをする我々のチームは偉大なチームとなって、偉大な後輩を育てるようになりたいものです。

Pocket

伝説の東大講義より

Pocket

瀧本哲史

「みなさん、なんでもいいからビジネスのアイデアを3つ出してください。」といった課題を出します。
でも、そうすると必ず、「僕のこのすごいアイデアは高校時代からずっと温めていたもので、先生、パクらないでください!あと、僕のこのスゴすぎるアイデアは真似されてしまうので、絶対に授業では使わないでください!お願いします!」ってレポートに書いてあったりするんです。でも残念ながら、そういうアイデアってほとんどの場合、とっくの昔に他の人も考えてるんですね。「また来たか」みたいな。「それ、去年もあったし、一昨年もあったし、今年も4つあるよ」みたいな。どんなアイデアもだいたい地球のどこかで同じようなことを考えている人が、1000人はいます。
なので、むしろアイデアは保護されないし、守られることはないし、完全にステルスにすることは難しいと思ってください。アイデアなんてものに価値はなくてですね、それをやるメンバーの実行力とかの方が、はるかに重要なんです。アイデアがどうかなんてことより、「あなただからその事業をやる意味がある」ということが、やはりきわめて重要です。自分はこういう人間だから、この事業を通じて世界をこう変えたいんだ、というプレゼンテーションができれば、応援したいと思う人はどんどん出てくると思いますよ。人手なんて、どうにでもなります。
そうやって人を誘うときって、すごくでかい絵、ビッグピクチャーを描いたほうがよくて、マイクロソフトのビル・ゲイツが、後に2代目のCEOになるスティーブ・バルマーを口説いたとき、20代のゲイツはこう言って誘ったんですね。「イメージしてみてくれ。今、コンピュータはオフィスに1つしかないけど、そのうち世界の全員が持つようになる。そのとき我々のソフトがすべてのコンピュータに入ったとしたら、どれぐらいのビジネスになると思っているんだ?わけの分からないもの売ってる場合じゃないぞ!」って。そんな話を聞かされたら、ふつうの人は「こいつはちょっと頭がおかしい」って思うじゃないですか。でもバルマーは、「もしかしたら、ほんとうにできるかも」と思ってマイクロソフトに入って、ゲイツのあとの社長になったんです。
「アイデアを話したらパクられてしまう」って心配してしまうのは、たぶん、あなたがその事業をやる理由がまだ圧倒的に弱いんです。アイデアを聞いた人に「パクってもこの人には絶対に勝てないな」と思わせられれば、しゃべったっていいじゃないですか。「俺はこれに人生をかけてるんだ、おまえがチョロッとやっても、俺は叩き潰す」みたいな気迫があれば、人もついてくるし、競合も怯(ひる)みますよね。だいたいね、アイデアがいくら良かったとしても、ビジネスが立ち上がるまでには3年ぐらいかかるのが普通です。そこに行きつくまでに低迷して力尽きるベンチャーがほとんどですよ。
走り続けているから、良いタイミングが来たとき、波に乗れるんです。いい波に乗るためには、波が来るのを見てから走り出しても遅いんですね。波が来てなくてもずっと海辺に立っていなきゃいけなくて、その間ずっと、他の人から見たら「頭がおかしい人」である必要があるということです。なので、誰かにしゃべったらすぐにパクられて、一夜にして抜かれるみたいなコモディティのアイデアなのだとしたら、やっぱりやめたほうが賢明かもしれません。しゃべったところでパクるどころか誰も関心を示さず、むしろ「あそこのマーケットは絶対ダメだ!」とみんなが避けるようなビジネスの方が、可能性があるんです。そういうマーケットかどうかってことです。

『「瀧本先生、僕に進むべき道を教えてください」じゃないんです。
ぜんぜん違うんです。君が自分の仮説を出して、それを試してみるしかないんですよ。とにかく自分が正しいと思うことを試してみて、自分のまわりに正しそうなことをやっている人がいたら、それに合意したり、支援する。
残念ながら僕には、正解も未来も圧倒的に分からないんです。僕の仮説も行動も、支援先も、ぜんぶ失敗に終わる可能性だって当然あります。いやむしろ、ほとんどが失敗するでしょう。失敗は織り込み済みなんです。
それでも悲観することなく行動できるかどうかを、みなさんに問いかけているんですよ。ベンチャー企業というのは、統計的に100社あって上手くいくのはたった3社くらいだと言われています。要は「3勝97敗のゲーム」なんですね。でもぜんぜん悲しむことはなくてですね、失敗した人はまた再チャレンジすればいいだけです。そうやって失敗と成功をグルグル回していって、社会を良くしていくのが、資本主義の素晴らしいところなんですね。
人生もそうですよ。みなさんがいろんな分野でチャレンジし、分母の数を増やしていくことが重要で、そうしてみんながいろんな方法を試しているうちに、2,3個ぐらい成功例が出てくるんです。』

エンジエオイル、OEMの仲間の皆さん、我々もこの教えを実行しましょう。
みんなで失敗と成功を楽しくグルグル回していきます。

Pocket

『第四次産業革命』

Pocket

西村康稔

シリコンバレーでは次から次へと新しいものが生まれています。
Googleの自動運転車も街のあちこちで見かけました。
多少スピードは遅いものの、走行する姿に違和感はありません。
ドローンもどんどん進化しており、ブレスレット型の超小型のものが、
まもなく発売されます。普段はブレスレットのように手首につけるのですが、
はずせば超小型のドローンとなります。カメラを搭載しており、
自律飛行するため、
宙に浮かせて、写真やビデオを自撮りすることもできるのです。

また、アマゾンの「エコー」は水筒ぐらいの大きさで、話しかければ、
様々な質問に答えたり、音楽を流してくれたりします。天気、歴史的事実、
世界各国の人口なども、百科事典やスマートフォンに代わって
教えてくれるので、
いまでは小学生が宿題をするのに重宝しているそうです。

電気自動車テスラの最新モデルXは車庫入れを無人で行ってくれるし、
縦列駐車も全自動で楽ちんです。
また、毎週のようにソフトウェアがアップデートされます。
自動運転機能さえもソフトウェアのアップデートで付与される
驚きの仕組みです。
一定の速度以下に設定しておけば、前を走る車との車間距離を保ちながら、
スピードを上げたり下げたりするのを自動で行ってくれます。

何故、シリコンバレーでは、このようなイノベーションが
次々と進むのでしょうか。私はその理由を次のように考えます。
第一に、言うまでもありませんが、
何よりも「失敗を恐れない気風」が挙げられます。
テスラにしても、安全性には細心の注意を払っていると思いますが、そ
の他のソフトウェアはバグ(不具合)も結構あるといいます。
完璧な商品でなくとも世に出し、むしろ、消費者がバグを見つけ、
オープンな環境で、消費者を巻き込みながら、商品を世に出した後に、
だんだんと完全なものに仕上げていくという発想です。
この点、テスラに出資しているトヨタとテスラの共同開発の車
「RAV4」について、興味深い話を聞きました。
RAV4を世に出すにあたって、そのバグを完璧に処理した上で発表したい
トヨタと、発表のスピードを重視するテスラとの間で、
議論があったそうなのです。
結局、RAV4の発表後にいくつかのバグが見つかりましたが、
トヨタには苦情が寄せられた一方で、
テスラには、ほとんど苦情が届かなかったそうです。
このエピソードは、重要な示唆を含んでいると思います。
トヨタに代表される日本のモノづくりには、高品質に基づく
、高い信頼性とブランド力があります。
一方で、多少粗削りでも、次から次へと新しいものを世に問う
テスラのようなシリコンバレーの企業は、
そのチャレンジングな姿勢とスピードが支持を得ているのです。
日本企業のモノづくりの品質に対し、消費者の期待値は高く、
不具合があればクレームに直結しますが、
シリコンバレーの企業の品質に対してクレームが起こりにくいのは、
「不具合があっても(ベンチャー企業ゆえに)そのチャレンジ精神を評価し、
多少のことは許す」という文化が根付いているからではないでしょうか。
安定感、信頼感はあっても、消費者の目は厳しく、
不具合が大きなクレームになりやすい日本企業は、
トラブルにつながるリスクを回避することを最優先にしようとするため、
チャレンジできず、動きに早さが出せないのです。


シリコンバレーでイノベーションが進む第二の理由は「多様性」です。
シリコンバレーの多くの方々からある種の不満を聞きました。
AIやIOTについて、多くの日本企業が視察にくるものの、
どの企業も40~50代の男性数人でやってきて
(担当役員、部長、課長といったところでしょうか)、
どの企業も同じような質問ばかりして帰って行くというのです。
女性も外国人もおらず、若い人もいない。
しかも、帰ったあと、何の反応、提案もない。
これではがっかりするのも無理はないでしょう。
シリコンバレーの企業は、多様な人材が、様々な新しい視点からの問いかけ、
提案を待っているのです。
変化のスピードが極めて速い時代に、安定感があるが躍動感に欠ける、
日本の大企業のこれまでのやり方では対応が難しくなっているのが現実です。
企業内「特区」、別ブランドによる挑戦、兼業の容認などを通じて、多
様な人材を確保し、イノベーションを推進することが急務ではないでしょうか。
高品質な日本のモノづくりへの信頼感の維持と両立しながら、
大胆なイノベーションを生み出す取組みが急がれます。

今までの常識をひっくり返すような大きな技術革新が起こると、
今まで先頭を走っていた企業が、一挙に最後尾になってしまう、
というような事態が発生する。
それはあたかも、環境の急激な変化についていけなくて絶滅した
巨大な恐竜のように、大きければ大きいほど変化への対応は遅くなる。
たとえば、2012年、デジタルカメラやスマートフォン登場による変化に
ついていけなくなった世界最大の写真フィルムメーカーのコダックが倒産し、
その130年の歴史に幕をおろした。
直近では、経営不振になり台湾の鴻海に買収されたシャープがある。
退任したシャープの高橋興三社長の最後のコメントは、
「経営のスピードが世の中のスピードについていけなかった」、だった。
企業も人も、時代の変化に対応できなければ生きていくことはできない。
ITやIOTの進化により、20年後には、
今の仕事の半分はなくなると予想されている。

我々エンジンオイル、OEMのチームは
時代の変化に取り残されないよう、チャレンジし続けましょう。

1川口 達夫

Pocket

『一生 ボケない脳をつくる 77の習慣』

Pocket

精神科医、和田秀樹 

「記憶力」には、「モノを覚える力=記憶する(インプット)力」だけでなく、「モノを思い出す力=記憶を引き出す(アウトプット)力」があります。
この「記憶を引き出す力」、脳のどこかにしまわれた記憶を引っ張り出してくる「インデックス(検索)機能」を担っているとされるのが、前頭葉です。
この前頭葉が委縮(老化)してくれば当然その機能も衰え、
モノがなかなか思い出せなくなります。
そして何よりこわいのは、この機能が衰え始めると、
「悪循環」によってこの機能の衰えにさらに加速がかかってしまうことです。
それは「モノが思い出せなくなる」ことにより、
「話題も出てこなくなる」からです。

長年付き合ってきた友人や家族などの間では、歳をとる以前から
「アレ」「ソレ」「コレ」の指示代名詞だけで
てっとり早く話をすることもあるでしょうし、
それをいちいち「単語」に置き換えて話すのも
どこかぎこちなさを感じることもあるかもしれません。
しかし歳をとって、「思い出せないから指示代名詞」の会話になってきたら、
むしろあえて「指示代名詞NG」のルールを自らに課してみます。

例えば学生時代からの友人同士で、「ほら、隣のクラスの、なんてヤツだっけ、あの、いつも野球帽を逆さまにかぶっていた…」
「ああわかった、アイツだよな」
「そうそう、アイツ。名前思い出せないけど、まあいいか」…という
会話になったとき。ここでとりあえず一件落着して他の話題に移っても、
密かに頭のなかで「誰だっけ、誰だっけ…」とめぐらせているうちに、
何かの拍子に思い出せることはままあるものです。

「思い出そう」とすることで、脳のインデックス(検索)機能が
頑張って頑張って、ついに記憶を引き出すことに成功する…
こうしたことを続けていくうちに、
「思い出そう」ともしない頃より脳のインデックス機能は格段にアップします。

また、出力系を鍛える最も簡単な方法は、“誰かと話すこと”です。
歳をとっても若々しい人というのは、
自分の知らないことや知りたいことがあると、
素直に「わからないから教えてほしい」と訊き、
相手の説明に熱心に耳を傾けます。
そして、自分なりの経験や実績を積んできた人ほど、
積極的に質問し、教えを乞います。

松下幸之助氏は晩年になっても「自分にはわからないこと」があれば、
初歩的なことでも自分の孫ほどの年齢の技術者や研究者に、
徹底的に訊いていたといいます。
こんなことを言ったら、こんなこともわからなかったら、
こんなことを訊いたら「恥ずかしい」…そんなプライドは捨て去って、
「わからないことがあったら、訊けばいい」という気持ちで
とにかく人と話してみること。
これが出力系を鍛えることに直結するのです。

かなり若い年齢の人でも、「アレ」「ソレ」という指示代名詞が会話に
頻繁(ひんぱん)に出てくる人がいる。しかし、それに慣れてしまうと、
「モノを思い出す力」はますます弱くなるという。
これは人の名前だけでなく、漢字や、単語、熟語、お店や商店の名前を
思い出さない等々も同じ。
アウトプットをしくみとして強制的に行う方法には、
会社の朝礼や会合でのスピーチや挨拶を積極的にするなどの他に、
ブログやSNSで近況や読書録等を毎日アップすることなどがある。
ブログを続けて書いていれば、
素敵な言葉やしゃれた言い回しを書きたくなるので、
始終自分の記憶の中を検索するようになる。
また、出力系を鍛えるためには会話力を上げるのがよいというが、
それはとりもなおさず何事にも「好奇心」があるかどうかということでもある。

好奇心がなければ質問そのものが浮かんでこない。「アレ」「ソレ」「コレ」を無くし…モノを思い出せるように。
エンジンオイル、OEMの仲間は気を付けましょうね。

facebookコメント 
西谷 昌也
記憶の過程は、古典的に、三つの段階に、分けられます。
1:記銘物事を覚えるそうさ。
2:保持それを保ておくこと。
3:想起保持していた事を、思い出すそうさ。
歳を取ると、想起障害が起こります。うっかりミスも、そのひとつです。

保持障害が起こると、覚えていた事も忘れているので、認知機能障害となります。

Pocket

『実践・論語塾』

Pocket

安岡定子
《之(これ)を知る者は、之を好む者に如(し)かず。 
之を好む者は、之を楽しむ者に如かず。》
あることを知っているだけの人は、それを好きになった人には及ばない。
それを好きになった人も、それを楽しむ人には及ばない。
知って、好きになって、楽しむ。物事を極めていくときの三段階、と
私はお子さんたちに解説しています。


初めから知っている人、あるいはできる人はいません。
習って、練習して、学んで、考えて、自分でやってみて習得していきます。
皆さんはすでに体験済みだと思います。これは学校の教科やスポーツや
お稽古事だけに当てはまるわけではありません。
仕事においても同じことが言えます。
知って、好きになる、を何度も繰り返して、物事を深めていくのでしょう。
しかし、ここから先の楽しむ境地までは果てしない道のりのように感じます。
気がつけば心遊ばせ、楽しんでいる、という心境には、
どうしたらなれるのでしょう。
孔子ほどの人物でも、学問を楽しむとは言っていません。
私はただの学問好きだ、という表現に止まっています。


この言葉の「之」の部分に、学問やスポーツ、お稽古事、
あるいは仕事を当てはめて考えてきましたが、
人生そのものに置き換えてもいいかもしれません。
人生とは何かを知る、生きることが好きになる、
生きることを心の底から楽しむ。
こんな三段階を実感できたらなんと素敵でしょう。


簡単にはできないことですが、こんなふうに考えることで、
結局、学びも仕事も充実していくに違いありません。
生きることを楽しめるのは、富とか名誉を得られるからではありません。
志を持って、自分らしく、真剣に生きられるかどうかが肝心です。


長い道のりの先に楽しめる心境が待っているのでしょう。
楽しむとは、愉しむであり、その世界で遊ぶことができること。
「遊戯三昧(ゆげざんまい)」という「無門関」に出てくる言葉があるが、
我を忘れて、無心に遊んでみるということ。
仕事も、趣味も、俗世間も、さらには人生の運不運もすべて
遊び心で生きることができれば、人生、これほど愉しいことはない。


山田無文老師「遊戯三昧」
「働くことがそのまま遊びなんです。
人のためにすることがそのまま遊びなんです。
苦しい目に逢うこともまたそのまま遊びなんです」


今東光和尚「人生は冥途(めいど)までの暇つぶし」


「知って、好きになって、楽しむ」
エンジンオイル、OEMする仲間においては
人生を、心の底から楽しむことができるように願います。

Pocket