アフガニスタンのその後

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911以来のテロ戦争体制の終わり

今までは諜報界イスラエル軍産の米国側がISアルカイダを涵養支援してテロをやらせてきた。タリバンやサダムやイランやアサドにテロリストの濡れ衣を着せて敵視・侵攻し恒久戦争体制を作ってきた。

その真犯人の米国が撤退していくのだから、今後のアフガニスタンや中東はテロや戦争が減って安定する。もし今後のアフガンや中東でテロが増えたりISアルカイダの活動が活発化したら、それはタリバンやイランのせいではない。米イスラエル軍産・諜報界が、中露覇権への妨害や多極化遅延策としてテロ支援活動をやるからだと考えられる。

エンジンオイル、OEMの仲間の経営塾より

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言葉を解き放つ文章

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 町屋良平

書くことで何かを閉じ込めてしまうことがある。そうした窮屈な文章は、対象を閉じ込めてしまってから書いている。先に書くべき対象をあらかじめ小さく知覚してしまい、その知覚でものを書いてしまう。そうすると書き手の主観で矮小な結論ありきの文章になってしまう。

物語の定型やご都合主義な展開などもこうした感覚に近い。これは恥の感覚に似ている。何が恥ずかしいのかは、あらかじめ自分を閉じ込めてしまっている。そこから知覚する何もかもが息苦しい。自分を息苦しく閉じ込めて、誰かに似ていることで安心してしまおうとする。孤独も、一人でいることと言うよりも、一人でいることを恥ずかしいと思ってしまうことになる。

対象を解き放つ文章とはどんなものか。どんどん新しい知覚に出会う余地と覚悟を持って、素直に驚いていくような心構えで書かれた文章だ。たとえば小説の登場人物がおおむね孤独で、まるで閉じ込められている窮屈さを感じるのに読んでいくと勇敢な気分に満たされてくる。そんな文章は言葉そのものが解き放たれている。

エンジンオイル、OEMの仲間の経営塾より

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米欧アフガン撤退の失敗

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田中宇

タリバンは中露と密接に連絡をとっている。撤退に失敗した米国に対するタリバンの温情は、米国に対する中露の温情でもある。中露が「この際だから、自分たちを敵視してきた米国をもっとひどい目にあわせてやれ」と考えていたら、タリバンは米国側に退避路を用意してやらなかったはずだ。

米国側は、中露とタリバンの温情に、どう対応するのか。中露タリバンへの敵視を引っ込めていくのだろうか。米国のブリンケン国務長官はアフガニスタンの事態について中露の外相と相次いで電話会談した。話し合いは持たれている。

だが今の時点で私は、今回のアフガン撤退の失敗が一段落したら「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で、バイデン政権の米国は再び中露タリバンやイランへの敵視を再強化するのでないかと予測している。その理由は、米国を牛耳っているのが「隠れ多極主義」の勢力であると思われるからだ。

米国の覇権は低下しているものの、まだ強い。もし米国が今回のアフガン撤退失敗を機に中露への敵視をやめて、中露と一緒に世界を運営していく姿勢に転換したら、中露にとってとても好都合だ。中露と米国が仲良くなってしまうと、米国の覇権が経済と安保の両面で維持され、米国が覇権国、中露が準覇権国という、部分的な多極化にとどまる。軍産や英国勢が息を吹き返し、いずれ中露を仲違いさせて分断・弱体化していき、米単独覇権体制を復活させかねない(極限までバブル膨張したドルを元に戻すのは困難だが)。軍産と英国が米国の覇権運営を牛耳ることになる。中露が分断されたまま米英側に包囲される冷戦時代の体制に戻る。

これだと世界の非米側の経済発展を誘発する隠れ多極主義の目標が潰れてしまう。だからテロ戦争から米国を牛耳っている多極主義者たちは、徹底して中露を敵視し続け、中露が米国に頼らず非米的な世界体制を完全に作り上げることを誘導するのでないかと私は推測している。中露敵視策はしだいに誰が見ても不合理な戦略になり、欧州(独仏)やインドなどが米国を見限って中露と和解していく。そのうちにドルのバブルが崩壊して金融面からも米覇権が崩れていき、多極型の世界に不可逆的に移行していく。

今後の中露敵視は不合理だが、不合理だからこそ米国はそれを続ける。米国が、隠れ多極主義的にわざと稚拙で不合理な策を続けることは、今回のアフガン撤退の大失敗についてもいえる。アフガン撤退は、用意周到にやれば今回のように失敗せず、うまくいったはずだ。タリバンが突然攻撃してきて米軍が撃破されて総撤退したのなら別だが、今回の撤退は米政府の方から能動的に進めてきたことだ。ベトナムやイラクの先例から「米国は撤退が下手だ」と言われるが、それは「頑張っているのに下手」なのでなく、米上層部に撤退をわざと失敗させる奴ら(隠れ多極主義者たち)がいるからだ(オバマは彼らの策謀を何とか回避して比較的うまくイラクから撤兵した。そのあと軍産にISISを作られてしまったが。オバマ陣営はバイデンの稚拙なアフガン撤退に激怒している)。

アフガン撤退は先代のトランプが決めて途中まで進めた。民主党側は「アフガン撤退の失敗は、バイデンでなくトランプのせいだ」と言っている。私は少し違う見方をしている。トランプも隠れ多極主義の路線なので、アフガニスタンを米国側から中国側に転換させて中国を強化する撤兵をやりたかった(中国経済を米国から離乳させて独自に発展させる米中分離策がトランプの多極主義を象徴している)。しかし彼は同時に、自分が撤退に失敗して不名誉な失敗者のレッテルを貼られるのが嫌だった。トランプがアフガン撤退を最後までやっていたら、今回のバイデンのように失敗させられる可能性があった。ユーラシアの非米化それが予測されたので、トランプはタリバンとの交渉を開始したものの長引かせ、しがらみを気にせずやれるので失敗の可能性が減る2期目にとっておいた。結局、トランプは諜報界による選挙不正によって落選させられ、バイデンが諜報界(軍産+多極側)に取り憑かれた状態で就任した。

バイデンは、覇権の軟着陸を目指したオバマの跡を継ぐようなことを言いながら、実際にやっているのは多極主義的なことばかりなので、軍産(米覇権維持派)でなく多極側に乗っ取られている感じだ。だから今回のアフガン撤退も大失敗させられた。中露のものになるユーラシア中露敵視を強要し同盟国を困らせる米国の財界は、バイデンが早く中国との貿易交渉を再開して経済面で仲直りし、再び米企業が中国で儲けられるようにしてほしいと切望している。だが、米中の経済担当者の会合は5月から行われていない。

バイデンは、経済面すら中国と和解せず、トランプの米中分離策を踏襲している。今回のアフガン撤退の失敗で中国の台頭やユーラシア支配が加速しても、バイデンは中国と和解せず、敵視の姿勢を続けそうだ。ユーラシアは米国の支配下から外れ、中露のものになっていく。地政学の逆転が加速し、パックスシニカ(中国覇権・一帯一路)が出現する。ユーラシアに食い込もうとする欧州勢などは、対米従属をやめて中露に接近していかざるを得ない。すでに、NATO加盟国のはずのトルコは嬉々として中露イランと仲良くしている。

アフガンの失敗は米国の同盟体制をも壊していく。アフガン戦争とは結局のところ、最初から、米国の覇権を自滅させてユーラシアを中露覇権下に転換させるためのものだったのかもしれない。「アフガニスタンをリベラル民主主義の国にする」なんて最初から馬鹿げた妄想だった。リベラルや民主の前に、まず内戦を終わらせて政治経済を安定させ、人々の暮らしをある程度豊かにする必要があった。しかし米国(や、世界中のマスコミ軽信者たち)は、アフガニスタンをリベラル民主主義にするのだと言って米軍に軍事占領をやらせ、20年間に20万人のアフガン人を殺した。そして、多くのリベラル民主主義者たちは、何が起きているかすらわかっていない。

リベラル様たちにとって、もう世界のことなんかどうでも良いよね。一生マスクして、半年ごとにワクチンを打ち続けていればよい。ワクチン強制も超愚策米国の覇権は蘇生力があると言われてきたが、20年も続いた不合理な戦争戦略(と、リーマンとその後の金融バブル膨張策など)によって、米国はすっかり蘇生力を失った。アフガニスタンが豊かで良い国になっていくのは、リベラル民主主義者が嫌悪する中国がアフガニスタンを傘下に入れるこれからだ。そして米国は予定どおり覇権を失う。米国万歳。

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『最高のビジネスパフォーマンスを実現する 101の習慣』

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医学博士、北条元治

仕事にはストレスがつきものとはいえ、過度なストレスは健康に悪影響を及ぼす。

〇対処型行動と逃避型行動を比較分析する

対処型行動は、「解決する計画を立て、実行する」「誰かに相談する」「状況のプラス面を見つけ出す努力をする」。

逃避型行動は「変えることができたらと空想したり願う」「自分を責め、非難する」「そのことを避けて他のことをする」。

がんの死亡リスクや脳卒中のリスクが低いのは対処型行動をする人で、中でもがんの死亡リスクが低かったのは、「状況のプラス面を見つけ出す努力をする」人だった。

仕事のストレスは、対人関係も絡むため、「状況のプラス面を見つけ出す努力」をしても、思うようにならないことはある。空想や自責の念に駆られる、あるいは、別のことをして気を紛わすことはありがち。しかし、それはメンタルへの影響に加え、病気のリスクを高めてしまう。

ビジネスマンには、問題を先送りできない局面はいろいろとある。部下などから複数の諸問題がもたらされるときには、次々に処理しないと、新たな問題に発展することもあるので、空想する、自責する、逃避する余裕はないともいえる。反省する案件はある。しかし、「あのときこう対処しておけばよかった」と思い悩んでも、過去に戻ることはできない。自分で決断して行動した結果が、問題に結びついているならば、その問題を解決することが未来につながる。

〇「窮すれば通ず」

物事が行きづまって困ったときにこそ、名案が浮かぶなどして活路が見出せる。思い悩むだけでなく、なんとかしたいと思考回路を巡らすうちに、打開策を得ることができる。悩むだけでなく行動を起こすことが大切だ。どんどん窮しましょ、恐れることなく。

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『変な人の書いた世の中のしくみ』

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斎藤一人

私は会社に行くと必ず「ご苦労さん」とか「ありがとう」ってみんなに言うの。それでお茶を出してくれたら、また「ありがとう」なんだよ。社長にお茶を出すのは当たり前じゃないんだよ。それと同じで、旦那さんが給料を持って帰ってきてくれて、それが当たり前になったら、人生が急に味気ないものになっちゃうよね。社員だから働くのが当たり前じゃなくて、働いてもらっているんだから、「ありがとう」なんだよね。

この世の中には、当たり前のものは何もないんです。ある筈がないことが起きたときに“有難い”っていうの。だから、ありがとうとは、ある筈のないことなんだよね。私は米一粒もつくったことないけど、それでも毎日ご飯を食べることができるの。それは、誰かが私の代わりに米をつくってくれるおかげなんです。私は漁師じゃないから魚もとれないけど、それでも魚を食べることができるのは、ありがたいことだよね。それなのに、どっかで当たり前だって言っちゃうんだよな。

“あたりまえ”のことを“ありがとう”に変えたら、人生に花が咲くよね。当たり前のことに感謝しはじめると、人はもっと幸せを実感できるようになります。幸せって、結局、当たり前のことにどれだけ喜べるかなんだよね。

私は毎日、朝、昼、晩と三度ご飯が食べられることが嬉しいんです。たとえそれが、どんなおかずであっても嬉しいんです。おいしい料理を食べることができたから嬉しいとか、高級レストランで食べることができたから嬉しいということではありません。“幸せ音痴”な人って、たとえば100万本のバラの花を見ないとキレイだって思えないの。でもそんなのってめったに見ないよね。それより幸せって、道端に咲いているタンポポを見てもきれいだなって思えることなんだと思うの。どんな小さな花を見てもきれいだと思えると、毎日が幸せになってくるんです。

だから大切なことは、自分の幸せを感じるレーダーの感度を、常に上げていかないとダメなんだってことなの。感度が鈍ってくると、目の前にある幸せに気づけなくなってしまうよね。それよりレーダーの感度を上げていけば、自分のまわりに幸せがいっぱいあることに気づけるんです。

幸せってモノじゃないの。感じることだから、常に自分のアンテナをしっかり張ってないと感度が鈍るんです。自分の幸せを感じるアンテナはちゃんと立っているだろうか。レーダーの感度は上がっているだろうかって考えてみるといいよね。そうすると「ここにも!」「また、ここにも!」って目の前の幸せに気づけるようになりますよ。

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『人にかわいがられる男になれ!』

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櫻井秀勳

静かな男とにぎやかな男のどちらが、大勢の人にかわいがられるかといえば、間違いなくにぎやかな男だ。上の立場からすると、静かな男では、心が楽しい気分”になりにくいからだ。静かな部下からは、「このパーティに行きませんか?」とか「こんな人がいるのですが、お会いになりませんか?」といった広がりを期待できない。

これに対してにぎやかな男は、よそから面白そうな人物や、情報を運んでくる。これによって上に立つ男のつき合いの幅を広げてくれる。酒が飲めれば、とことん騒いで、相手を楽しませることができるし、たとえ自分は飲めなくても、座持ちが巧みで、最後まで客をあきさせない。こんな部下は、それこそ金の草鞋をはいて探しても、見つけるのはむずかしい。

〇酒の席でかわいがられるための5つの条件。1.飲んでも飲まれず2.ふだん以上に気働きを3.居座るでもなく、先に帰るでもなく4.酔っても、からまず、泣かず5.おごられてばかりではないだから酒席はむずかしい。

この5つの条件のどれか一つでも欠けたら「なんだ、あいつは!」と、嫌味をいわれても仕方ない。自分はこれらの条件を満たせてないのなら、酒席で、何回か失敗を重ねる覚悟で取り組むことだ。

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『人生は4つの「おつきあい」』

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小林正観

松下幸之助翁は、自らが採用の面接をするときに、「あなたは自分が運のいい人間だと思いますか?」と質問して、「自分は幸運だ」「ラッキーだ」「ツイてる」と答えた人だけを採用した。徳川家康をはじめ、戦国時代を生き延びた武将たちが、自分のまわりに置いた側近も同じだ。彼らが選んだのは、これまでの戦を九死に一生を得て生き残ってきた「運のいい」人たちだった。

つまり、戦の技術がすぐれている人ではなく、運が強い人たちを選んだ。人生や日常に起きるいろいろな事象を、努力とか競争とか頭のよさといったものではなく、「運」というものからとらえると、面白くなる。

「運のよい人」になる方法を教えます。みなさんは自分の人生を「運がよかった」と思いますか?「運が悪かった」と思いますか?あるいは「運がよい」と思いますか?「運が悪い」と思いますか?「運がよかった」と過去形で言った人は、過去形で「運がよかった人」になる。「運が悪かった」と言った人は、過去形で「運が悪かった人」になる。「運がよい」と思っていたら、現在から未来にかけて「運がよい」人になる。一方、「運が悪い」と思っていたら、現在から未来にかけて「運が悪い」人になってしまう。

つまり、運のよしあしは全部、自分が決めている。運をよくしたければ、「自分は運がいい」と言うこと。その瞬間から、運がよくなっていく。宇宙全体で考えれば、運がよい現象というのはなく、運が悪い現象というものも無い。したがって、運のよしあしは誰にも決められない。決められるのは本人だけ。本人が「運がいい」と言えば、「運がいい」人になってしまう。つまり、いま病気であろうが、けがをしていようが、どんな状況にあろうとそれに感謝し、「自分は運がいい」と言っている人は、神さまにとってもかわいい存在だ。だから味方になってあげようという気にもなる。

自分の思うようになったときだけ、自分にとって都合がよい状況のときだけ感謝するのでは、神さまは味方についてくれない。どんな状況にあろうと、そこに感謝を見出すことができる人を「運がいい」人と言う。目の前に80点の現象があるとき、「100点満点じゃないじゃないか」と文句を言うのではなく、「80点もあってありがとう」と手を合わせることができる人だ。

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挨拶することの意味

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 サッカー元日本代表監督岡田武史氏の母校早稲田大学での講演より

「挨拶とは、僕は君が僕の世界(心)に存在することを認めています、許していますよ」という相手に対する合図だ。もし出会った人に挨拶しないということは、「僕は君が僕の世界(心)に存在することを認めていませんよ、許していませんよ」という合図になる。だから挨拶しないということは相手に対して、とても失礼にあたるし、挨拶されない人も腹が立ってしまう。

法華経に常不軽菩薩が登場する。昔々、常不軽というあまり頭の良くないお坊さんがいた。師匠は、あいつには難しいお教は理解できないだろうと、「常不軽や、みんな仏様なんだよ。Aさんも、Bさんも、犬も猫も、山も川も…みんな仏様なんだから、丁寧に礼拝しなさい」と教えた。常不軽は、頭は悪いけれど、まじめで忍耐強かったので、それから毎日、一日中、町のなかや、山林や…をひたすら礼拝して歩き回った。犬に出会うと、「あなたは仏様です」と犬を礼拝し、人に会えば、「あなたは仏様です」と、その人を礼拝する。

こういう昔話をして、お釈迦様が弟子たちに言います。「君たち、じつはこの常不軽こそ私の過去世であったのだよ。このようにして私はすべての人やモノをひたらすら礼拝して回り、すべての人やモノを許し、仏として認める努力をした。おかげで今、こうして君たちをはじめ、多くの人やモノたちから仏として認められる存在となれたのだよ」

この常不軽の「礼拝して回る行」をもとにして比叡山延暦寺の「回峰行」が始められ、現在でも行なわれている。挨拶とは商売のようにギブ・アンド・テイクなのか。見返りを求めてしているものなのか。常不軽の例で分かるように、好きな人も、嫌いな人も、みんな自分の世界(心)の内側に存在することを許し、認めることができる。挨拶はそんな器の大きな人物(徳の高い人)になるための、とてもいい練習なのだ。

自分がした挨拶に反応があってもなくても、それは問題ではない。すべての人を許し、認めることができる。私がそんな大きな人物となれますようにと祈りを込めてする「挨拶行」なのですね。

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「PDCA」よりも「DA・DA・DA」でやれ

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藤原 和博

経営学において三つの経営資源は「人・物・金」だった。そこに「情報」と「時間」が加わり、五つの経営資源となったのは30年くらい前。最初に言い出したのはドラッカーだった。

今日のネット社会では、「スピード」こそ最大の経営資源としてとらえられている。いまや研修会などを行えば「どうやってPDCAを回すか」といった話になる。Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)を経て、またPlanへと回す。このサイクルがとても重んじられている。

PlanとCheckは頭の中でもできるので、実際に体を動かすDoとActを、実行と改善、実行と改善というように繰り返したほうが速い。「DA・DA・DA(ダダダ)」の経営がスピーディーに実践できる企業が勝ち残る。

現代社会は既に20世紀の成長社会から21世紀の成熟社会へ突入している。「みんな一緒」から「それぞれ一人ひとり」の時代となり、ビジネスシステムも、ヒューマンリソースマネジメントも、個に焦点を合わせなければならない。昔ながらの正解主義の経営では、もう生き残れない。迅速に修正主義を実践しなければならない。

修正主義の例として、スターバックスの話を挙げる。今となっては全国どこでも同様の店舗を目にすることができるが、最初からそういう店ではなかった。当初、アメリカで生まれたばかりのスターバックスは、イタリアン・スタイルのコーヒーショップだった。店員は蝶ネクタイを締め、店に椅子は無く、イタリア・オペラの音楽が鳴り響くなか、客が葉巻を片手にエスプレッソをクイッと飲んで立ち去る。そういうイメージで店が作られていた。しかし、それでは客が集まらないので、何度も何度も改善された結果として、今日のような待ち合わせにもミーティングにも使いやすく、携帯やパソコンの電源まで取れるような店に変化し続けてきたわけだ。

最初から正解の姿が出来上がっていたわけではなく、修正主義の結果として今がある。物心ついたときに完成品を嫌というほど目にしてきた若者は、そこを勘違いやすい。携帯電話であっても、新幹線であっても、すべての商品は修正し続けた結果として、ようやくその形になった。

正解が出るまで100回の会議を積み重ねるといった感覚ではなく、まずは小さく始めてしまってから100回修正を続ける姿勢こそが、市場に受け入れられる商品にたどり着く王道だ。

今日一つ改善したら、明日もう一つ改善する。1年365日、毎日改善し続ければ、300以上の改善ができる。3年続ければ、1千カ所以上を良くすることができる。それだけ改善できれば、会社でも学校でも、商品だってサービスだって、良くならないわけがない。こういう感覚で改善の“癖”がつけば、どんなものでも付加価値が高まり、利益も自然と生まれることになる。

エジンオイル、OEMの仲間の経営塾より

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日本経済が復活する処方箋

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 加谷圭一

まずは、日本企業の生産性を高める。同じ金額を稼ぐのに、日本は米国に比べ、より多くの人が働いている。日本企業は基本的に雇用が過剰だからだ。日本企業には、仕事はないが会社に籍があるという従業員が400万人もいる。これは全従業員の1割に相当する。この社内失業者が転職、別の仕事に従事すればその分、生産性を上げることができる。そのためには、転職をしやすい環境をつくる必要がある。

もう一つは薄利多売を辞めること。生産性は企業が生み出した付加価値を労働量で割ったものだ。生産性を上げるには、利益を増やすか社員数を減らすかの二つしかない。日本では大量生産全盛時代の名残りなのか安い商品をたくさん作ってしまう傾向が今だにある。しかし、消費マインドを掴んだ商品なら高くても買ってくれる。企業の利益は増え、その分、賃金は上昇し、購買力も増加する。その好循環で全体の個人消費も拡大する。生産性を上げることで、経済を回せる。

コロナ危機は日本が、国内消費を主体とした小国にシフトするきっかけになる。人口減が進んでいるが、裏を返せば一定の生活水準を維持した1億人以上の国内市場がまだあることに気づかねばならない。

価値観を共有しない中国と一定の距離を保つには日本は中国への輸出には依存せず、完全な消費主導経済にシフトする必要がある。日本は従来の輸出立国主義を脱却し、内需に軸を置いたコンパクトな消費国家に代わる変わるべきだ。1億人の市場があれば、国内市場だけでも十分な利益を得ることができる。日本では自国に優れた技術力と輸出競争力があることをいまだに前提として議論をしている。もう、そんな力は消え失せかかっているのに。

エンジンオイル、OEMの仲間の経営塾より

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