超、思考法コロンビア大学ビジネススクール最重要講義

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ウィリアム・ダガン

第6感とは直感のことであり、
何かに熟達した人たちは、ある状況では
むしろ第6感によって失敗しやすくなる。

直感が効果的なのは、過去によく似た状況に
遭遇したことがある場合のみだ。
今日のように新しい状況がどんどん生まれる時代には、
第6感はうまく機能しない。

そこで欲しいのが「第7感」。

ほんの一瞬、たった一つのひらめきで、人生は永遠に変わる。
イタリアのコーヒーバー文化をスターバックスに取り入れる。
そのひらめきの結果、誰もが(シュルツ自身でさえ)
予測できなかったほど巨大な、世界に名だたる
コーヒーチェーンが誕生することになった。

神経学者のエリック・カンデルによる
「学習と記憶」に関する研究は、
「あらゆる思考は、脳が記憶している情報の
組み合わせに過ぎない」ことを明らかにした。

脳は、自由に記憶のなかを歩き回る時間を与えられたときに、
重要な問題を解決する要素の組み合わせを見つける。
それがひらめきの瞬間になるのだ。

「歴史の先例」は、ひらめきの材料になるものだ

オープンマインドとは、目の前の状況についての既存の考えを、
いったん頭からすべて忘れることのできる心の状態

第7感がもたらすひらめきは、その材料となる先例の
一部の要素のみが新たな状況に当てはめられることで生じる。
先例はそっくりそのままではなく、部分的に使われるのだ

成功しているものを目にしたら、
その秘訣は何かを考えるのを習慣化しよう。

目の前の相手の話にどれくらい真実味があるかを判断するのに
役立つのが、「話の詳しさや相手の謙虚さに注目すること」

オープンマインドとは、目の前の状況から
いったん離れることだ。
オープンマインドは、目標そのものを変えることに
対してさえもオープンである。

アイデアとそれを考えた人とは、切り離して考えるべきだ。
「つねに正しい戦略家」などは存在しない。
あるのは「良い戦略」だけだ。

雑然とした環境は創造性を刺激する

「フリー・ユア・マインド」のカギは、
カルマ(自分ではコントロールできないこと)に
直面したときに、
とるべきダルマ(自分でコントロールできること)は
何かについて考えることだ。

第7感がもたらすひらめきは、
その材料となる先例の一部の要素のみが
新たな状況に当てはめられることで生じる

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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ファンダム・レボリューション

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ゾーイ・フラード=ブラナー、アーロン・M・グレイザー

ヒット作に大事なのは、数ではなく「熱気」、
もっと言えば「熱狂」なのです。

ファンダムとは、人々が愛するさまざまな文化の周囲に
できあがる構造や習慣を指す。
それは、大昔から存在するとても人間らしい現象だ

特定の人やモノへの執着と、それに対する活動を
引き起こすようなもの。
今どきの言葉で言えば、それが「ファンオブジェクト」だ

ファンオブジェクトを手に入れて楽しむのに
ほとんど労力を使わずに済むようになると、
ファンたちはさまざまな方法で対象への愛を
表現することに精を出すようになった。
余った時間と労力をいろいろなファン活動に
充てるようになったのだ

音楽業界といわゆる「キャラクタービジネス」の
はざまの市場を一気にかっさらったのが、クリプトンだ。
どちらの業界もしゃかりきに著作権を守ろうとする点で
評判が悪かった。
クリプトンは著作権を守るのではなく、
ファンたちにミクというキャラクターとその音楽を、
できるだけ遠くまで広く拡散してもらうことに励んだ。
その結果、ファンがほとんどすべての創作を行う世界が生まれた

彼らはバークシャーの株を持つことに
新しい意味を見出している。
たとえば、経済的な自由。
アメリカ的な強さ。似たような人たちと知り合う機会。
バケーション。特権

ただの消費者をファンに変えるには、
活動に参加させるのが一番いい。
できれば、消費から切り離された活動で、
大きなグループの一員と感じられる経験がいい

巡礼とは、その場所の景色や立地やもともとの価値ではなく、
その場所が象徴する何かのためにそこを訪れることだ。
その場所が聖地なのだ

欠陥品だとわかっていても、ファンが復活を支えてくれていた
(ポラロイド)

翌月にはジョージア州アトランタのコカ・コーラ本社脇の
道路に新しい看板広告が上がった。
そこには「親愛なるコカ・コーラ様、
サージを買えなかったので、代わりにこの看板を買いました」と書かれていた

〇ファンダムの3種類
「ユートピアとしてのファンダム」
「下克上としてのファンダム」
「自己表現としてのファンダム」

他人にどう見られるかを気にせず自己表現したいという方が、
今のファン心理に近い

入会の理由として「家族」を挙げるメンバーは多い

グループ活動の原動力になってくれる初期のメンバーを
励ますことが、コミュニティ構築の上で一番大切

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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昨日より強い自分を引き出す

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中谷彰宏

・「中の上」より「上の下」の人の方が、はるかに強くなる
・目指すものは、レベルアップではなく、ステージアップ

「より強くなる」というのは、1段上のステージに
上っていくことです。もっと力を入れることではないのです

可能性があることが、「強い」ということ

興味は体験がなければ得られません
興味のある人は、さらに成長する可能性を秘めている人

体験をすると、たとえうまくいかなくても、強くなります。
今までになかった新しい自分に出会うことができるのです。
「強い自分」とは「新しい自分」なのです

「凄い人」の定義は、
「普通のことをしていたら、一生会ってもらえない人」です。
自分からその凄い人に会いに行くことが、
より強くなるためのスタートラインです

乗り越えた人と出会うことで、乗り越えることができる

縁には、「順縁」と「逆縁」の2通りがあるのです。
順縁は、最初からラッキーと感じられます。
逆縁は、アンラッキーの形で入ってきて、
やがてラッキーに変わります
より強くなりたいなら、逆縁から逃げないことです

知らない人と話すことで、強くなる。
強さとは、知らない人と話した総量

どんなに人にほめられても、ステージは上がらないし、
強くなることはできません。
「強くなる」のは、自分の中で見方が変わることなのです

今までのフォームを捨てなければ、
新しいフォームは手に入らない
新しいフォームが入ることによって、
今までなかった自分の新しい強さが生まれます

今までと、真逆のことをすることで、強くなる

強くなれる人は、結果に振りまわされません。
どんなことが起ころうが、結果に左右されないのが強さです

「今、この瞬間にも頑張っている人がいる」と思った時点で、
強くなれます

終わりと考えると、弱くなる。始まりと考えると、強くなる

強くなれる人は、
「相手のオーダーよりもっと難しいいことができないか」と
考えます

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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共感的理解

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 金山元春(高知大学准教授)

自然に感じるのではなく、意図して共感する。
相手の理解に努めた結果として生じる共感的理解。

心を楽にして穏やかな気持ちで、話を聴く。
「この人の事を知りたいな、理解したいな」という
素直な気持ちで話に耳を傾ける。

理解できない事があったら、素直に尋ねる。
分かった振りも、相手の否定もしてはいけない。

相手の話を理解できたと思っても、
こちらの理解や受け止め方がずれていないか、
相手に確かめるような応答を心がける。

そうした応答を丁寧に繰り返していると、
腑に落ちる感覚が生じてくる。

相手の話が腑に落ちたら、それも相手に伝えてみよう。
それが相手の腑に落ちたら、
お互いに分かり合えたという感覚が得られて、
強い信頼関係が生まれる。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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痛み

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大野裕(認知行動療法研修開発センター)121171

痛みには個人差がある。
同じ病変でも人によって痛みの感じ方は違う。

私たちが痛みを感じる時には、
「苦痛という身体的な痛みと」
「苦悩」という精神的な痛み。
この2つを感じているからだ。

同じ身体的な痛みを感じていても、
その痛みの為にどの程度悩むかによって、
感じる痛みの程度は違ってくる。

だからといって、心をしっかり持てば
痛みが弱まると言う訳ではない。
無理に心をコントロールしようとすると、
かえって辛くなる。

それでも、痛みは痛みとして受け止めながら、
先への希望が見えれば、辛さが和らぐ可能性がある。
そう考えたのは、ある産科医と話す機会があったからだ。

彼は、生まれてくる子に、どのように育って欲しいかなど
将来の希望について妊娠中に話し合う。
そうして出産時の痛みを軽くする工夫をしていた。

将来の夢や希望を自覚する事は、もちろん効果を出すだろう。
それよりも、そのような話ができる医療者や家族がいる安心感も
痛みに影響するだろう。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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『熱意』

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田中真澄

「成功には、いろいろな要素があるが、
そのなかでとくに大事なもの、それは熱意だ」
デール・カーネギー

カーネギーの文献や講座の本質は“熱意”だ。
その彼が存命中、よく講演をともにした人が
フランク・ベドガーだ。

ベドガーは、貧乏な家庭に育ち、
小学校さえも満足に卒業しないで、苦労した。

うだつのあがらない保険セールスマンだったが、
デール・カーネギーの演説講習会に
たまたま出席したのが転機になった。
カーネギーによって熱意の精神を植え込まれた彼は、
それ以来、人が変わったように熱意の人になり。
全米一の保険セールスマンになった。

「世の中で熱意以上に大切な要素はない。
熱意が重要視されるのは、
この素質をもつ者が少ないからだ。
どうすれば熱意がもてるのか。
それは唯一つ、
『熱意の人になるには、熱意をこめた活動をせよ』」
フランク・ベドガー

アメリカには、ポップ・フィロソフィーという
哲学のジャンルが確立されている。
大衆に役立つ哲学という意味であり、
生活実践哲学といっていい。
カーネギーの講座は、その代表的なものである。

仕事も教育も、原点は熱意をもってやることだ。

無我夢中で熱くなってやる人を、
カッコ悪いと思うような風潮がある。
クールで表情には出さず、
がむしゃらさを見せないような人が
カッコいいとされているのは間違いだ。

松下幸之助「熱意」
「なまじ知識があると、
しゃにむに突進する気迫が、のうなります。
しかし“断じてやる”と決めて、やってみれば、
案外できるものです。
鉄をも溶かす熱意があれば、
何とか知恵がわくもんです」

吉田松陰
「狂愚まことに愛すべし、才良まことにおそるべし」

狂愚とは、常軌を逸して愚かなことだが、
熱情に突き動かされて行動したり、情で動いたり、
感極まって動くような人を指す。
才良とは、行動もしないで、ただ理屈や理論を振りかざす、
頭でっかちの人を指す。

狂愚の人からは熱意がほとばしり出ている。
頭で考える理屈の人からは、熱意は伝わってこない。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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『もっと良くなると信じる』

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斎藤一人

誰がなんと言おうと、明らかに世の中はよくなっています。
松下幸之助さんの話ではありませんが、
宇宙はちゃんと生成発展している。

江戸時代は将軍様の家にだって、
扇風機なんかありませんでした。
冷蔵庫もなかった。

その時代から少しずつよくなってきて、
今はどの家にも冷蔵庫があります。
扇風機どころかクーラーだってあります。
いつの間にか、私たちは将軍様より
いい暮らしが送れるようになっているんです。
江戸時代に生まれなくてよかったですね。

この世の中にはどんなにいいことを並べられても、
不安に思ってしまう不安症の人がいるんですね。
つまり、「世の中はどんどんダメになっていく」と
考えるタイプの人間です。
そういう人はつねに不安に思うから、
足がすくんで動けなくなってしまう。

動けないと行動ができないから、運が回ってこない。
そして不安に思うから不安な生活がきちゃうんです。
行動しないということ自体が、自分の未来を閉ざしてしまう。

だからもし、自分が不安症の人間だと思ったら、
「自分が考えている悪いことは、
本当は50分の1くらいしか起きないんだ」
と思うようにしたらいいんです。

要するに「不安を50倍にふくらませて感じているのだ」と
自分に言い聞かせる。
そのことを意識するようになると、
過剰反応している自分がだんだんバカらしくなってきて、
そのうち不安に感じるのをやめるようになります。

本当は人生に困ったことは起きないんです。
だって自分の人生は
生まれる前に自分の責任で決めているんだから、
自分でも処理できないような困ったことなんて
起こるはずがない。

世の中は生成発展するようにできているんです。
その流れに素直に乗っていればいい。
今の世の中は江戸時代には戻りません。
生成発展しているんですから。
100年前はもっとひどかった。
200年前はそれよりもっとひどかった。
時代は戻りません。
世の中はよくなるようにできているんです。

「よくなる」と思い込んでいれば、別の何の問題も起きません。
「よくなる」と思っているから、よくなるように生きるし、
よくなる道も見えてきます。

でも「よくならない」と思っている人は、
「よくならなかったらどうしよう」と思うので、
足がすくんで行動できません。

行動できないから、変われない。
変われないから、運勢が悪くなる。

「よくなる」前提で生きるのか、
「よくならない」前提で動くのか。
決定的な違いですね。

もちろんこれからだって、地震はくるし、台風も襲います。
だけど、昔は地震がきても放っておかれた。
今は仮設住宅をつくってくれます。

年金が安いと言ったって、昔は年金なんてなかった。
ほら、やっぱりよくなっているでしょう?

「このまま行くと、ダメになっちゃう」じゃなくて、
「もっとよくなる」なんです。
それを信じるか信じないかだけ。

未来には希望がある、と思えば、
どんな希望があるのか、明るい未来があるか、を探す。
しかし、未来には希望はない、絶望だらけだ、と思うなら
絶望することを、いくつもいくつも探し出してくる。

人は、自分が信じるものに焦点をあて、
そこにスポットライトを照らす。
そして、それだけしか見えなくなる。

エンジエオイル、OEM仲間の経営塾より

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『君に成功を贈る』

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中村天風

《悲しいことや辛いことがあったら、
いつにもまして、笑ってごらん。
悲しいこと、辛いことのほうから逃げていくから》

いいですか、常に積極的な心をもって応じ、
歓喜の念をもって接するようにすれば、
心はいたぶられないんです。
といっても、なかなかできない人も多いでしょうから、
いちばん簡単な方法を、いまからお教えします。

いいですか、なにか悲しいこと、辛いこと、
そのほか消極的な出来事があったら、
努めて「笑う」ようにしてごらん。
どうだい、これならあなた方でもできるだろう?

多く言うまでもなく、笑えば心もちは、
何となくのびのびと朗らかになります。
すなわち鬱な気が開けるんです。

あなた方も、笑えばこう、
なんとなく楽しくなってきやしません?
ためしに、おかしくもなんともないときに、
「アハハ」って笑ってみてごらん。
なんだかおかしくなってくるから。

悲しいときや辛いときにも、おかしな話に引きこまれると、
なんだか笑っているうちに
悲しいのや辛いのを忘れはしなくても、
やわらいだっていう経験おありでしょう。

笑うにつれ腹がたってくるとか、悲しくなってくるとか、
辛くなってくるってことは、絶対にないんです。

この簡単な事実を、
案外にも多くの人は見のがしていやしませんか。
この笑いの効用を応用すれば、
すこぶるいい結果を人生に招くことができるんですよ。
このことに気づいている人が少ないようですなあ。

考えてみればすぐお分かりになられることなのですが、
そもそもこの笑いというものは、
生きとし生けるすべての生物の中で、
われわれ人間だけに与えられている特殊の作用なんです。

ほかの生物の世界には、人間のように笑うという表情をもって、
心の喜びをさかんに表現する特別の作用はだんぜんありません。

こうした事実を厳粛に考えますと、
笑いというのは人間のみ与えられた特権だってことが
わかるでしょう。

昔から言うでしょう、「笑う角には福きたる」ってね。
さあ今日から、努めて笑うことにしましょうや。

とくに悲しいことや辛いことがあったら、
いつにもまして悲しいこと、
辛いことのほうが逃げていくから…。

「楽しいから笑うのではない。 笑うから楽しいのだ」
ウィリアム・ジェームズ (アメリカの心理学者・哲学者)

『脳は、先に口にした言葉に対して、不条理・不合理を認めず、
起こったな事実に当てはめて解釈しようとする働きがあります。

先に「ありがとう」と言ってしまうと、
その瞬間から、脳は「ありがとう」を
探しはじめるようにできているそうです』

小林正観さんの言葉だ。
これは、「笑い」も同じ。

笑えば、笑う材料を脳は探し始める。
すると、もっと笑いたくなるような状況がやってくる。

たくさん笑えば、人生はもっと楽しくなる。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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まず、社員を幸福にする

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伊那食品工業会長の塚越寛

経営の目的は「社員の幸福と、
社員の幸福を通じての社会貢献」です。

企業は、永続的に安定成長することによって、
より多くの人びとを幸せにすることができる。

ゆるやかな末広がりの成長を続けて、
永続する企業であること。
これが私の理想像です。

末広がりを「八の字経営」とも呼びます。
前を向いて両手を広げて立つ、大らかな感じ。
閉塞感がなく、夢や希望に満ちている状態です。
常に末広がりであることは、
ゆるやかに、限りなく成長をつづけていくというイメージです。

末広がりの成長をイメージしながら
経営判断を積み重ねていけば、
生産設備の無理な投資や、
それによる供給の過剰を抑えられます。

資源の有効利用や二酸化炭素の排出削減など、
生産活動を環境問題に矛盾なく適合させることができます。

末広がりを志向するならば、
若いときのスタートは、むしろ辞めた方がいいでしょう。

必ずしも景気のいい会社に勤める必要はなく、
若いときの努力が無駄にならない会社や業界かどうかを、
判断した方がいいかもしれません。

恵まれない状態からスタートすれば、
将来は末広がりになっていくはずです。

人一倍に苦労をして考え、
人の話に耳を傾けて学ぶ謙虚さが身につくからです。

会社を永続させようと思うなら、
取るべき経営の方向は自と決まってきます。

たとえば、事業を一気に急速拡大する戦略をとるなら、
リスクが多すぎて、100年、200年と続く会社にするには難しい。

逆に、コツコツと内部充実をはかり、
会社を財務的にも、組織的にも筋肉質にしていくこと。
それは、不況や天変地異があってもびくともしない会社。

〇松下幸之助「ダム式経営」

ダム式経営とは、ダムがいつも満々と
水をたくわえているように、
不測の事態に備えて、資金も人材も
蓄えておかなければならない。
そうすれば余裕を持った経営ができる。

〇アメリカのサウスウエスト航空の企業ポリシー
「お客様第二主義、従業員第一主義」

企業を永続するためには、
働いている人一人ひとりが幸せになり、
そのことによって、まわりも幸せになっていくこと。
そのことによって、サウスウエスト航空は、
40年もの間、黒字経営を継続している。

従業員を幸せにすれば、顧客も、地域社会も、
取引先も自然と幸せになっていく。
だが、その逆は難しい。

それは、王道と覇道の違いでもある。
『王道とは、努力多くして、「利」少ない道。
覇道とは、努力少なくして、「利」多い道』
王道を歩きたいですね。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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『リーダーの条件』

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稲盛和夫

リーダーの条件を申し上げます。

部下からの申し出、意見をただ、「いいわ、いいわ」と
認めていたのでは会社は決してうまくいきません。

優しい情愛に満ちた人であると同時に、
すさまじい厳しさを兼ね備えた人でなかったら、
社長なんて器は務まりはしません。
どんな小さい会社でもそうです。

つまり、同一人物が両極端の考え方をあわせもち、
そしてそれが同時に正常に機能できる能力を持った人
でなければ経営者は務まらない。

ただ優しいばかりの社長では、経営になりませんし、
厳しい一方の人では誰もついてきやしません。
その両方が綾織りのように出てくる人でなければ、
経営者なんてできやしません。

私は、いつも善の大切さを説いています。
だからみなさんもそれに引かれて話を聞きに来られる。

人間らしい優しい、いい生き方をしなきゃいけませんよと、
いつも私が説く考え方に、みなさんは賛同して、
それを自ら実践されている。

そのような優しい、すばらしい経営者の方が、
この不況で会社が赤字に転落をしそうなとき、
「経費を減らせ」と言って、
もう鬼みたいになってやり出すことがあります。
そうすると周りは、
「いつもあの優しかった社長とは違うやないか。
二重人格みたいなものやないか」と言い出す。

でも、私はそれでいいと思います。
会社が厳しい状況になったら、鬼みたいな形相で、
厳しいことを一直線になさねばならないのです。

反対するような敵は千万いても、
我ひとりその敵に向かおうという、
そういう気概を持って、
自らを鼓舞して進んでいってもらいたい。

逆に問題なのは、嫌われるのが嫌で耐えられないから、
お茶を濁し、妥協し出すことです。

善を説き、人の優しさを説き、それで人の喜びが自分の喜びに、
人の悲しみが自分の悲しみに感じられるような人こそが、
経営者にふさわしいということと、
私が必要だと思う厳しさとは、考え方のベースが一緒なのです。

これは仏教の教えである、「小善は大悪に似たり
」「大善は非情に似たり」
ということから説明ができます。

「ええわ、ええわ」といって、
猫なで声で従業員をかわいがるという小善は、
みんなを甘やかし、経費は増大し、
不況にひとたまりもないぐらいに
脆弱な企業体質をつくってしまいます。

そして実際に不況になり、会社をつぶして
100人の従業員を路頭に迷わしてしまうのです。

確かに従業員に対して人がいいという小善、
小さな善はしたかもしれないが、
大悪をなしたのではないか。

私はそういう小善はしない。
「ええわ、ええわ」というわけにはいかんのやと。

次に大善。
大きな善というのは、非常に似て厳しいのです。

獅子は我が子を千尋(せんじん)の谷に突き落とす。
かわいい子には旅をさせよとも言います。
あのかわいい子を旅へ出して、
「なんて厳しい非情な親や」とみんな考える。

しかしじつはそれが、
子どもの成長には大いに役立つ大善、大きな善なのです。
だからつい、そういう意味があると知らなければ、
自信がぐらつくわけです。

「俺が今やっているこの厳しさは、大善をなす行為だ」と
自信を持つようにする。

「それは凡人から見たら非情に見えるかもしれないが、
これは大きな善なのだ」と思えば、ひるまないわけです。

そして改革は、ズバッと本音でものが言える状態を
つくらなければ、
前に進まないのです。

例えば古い法律を変える際、
誰に聞いても「そんな古い、明治時代にできた法律が
今のこの時代に合うはずがない。それは廃止すべきです」と
言うはずです。

しかし廃止すれば、路頭に迷う人がものすごく出る。
そういう「人でなし」なことはできないと考える人も多くいて、
つまり人に嫌われることをしたくないものですから、
改革が進んでいかないのです。

根底にはみんなから信頼をされ、
慕われる社長でなければならないけれども、
たまには、厳しくて嫌われるようなことも言う。
あえて嫌われることも必要です。

社員のみなさんを路頭に迷わせないためにも、
私は経営者のみなさんに厳しいことを言います。

つまり、ただ人がいいだけで会社をつぶして、
全員を路頭に迷わす、
そういう悲惨な目には遭わせたくない。

私はみなさんを救うために、あえて厳しいことを言います。
それこそが大善というものです。

この「小善は大悪に似たり」「大善は非情に似たり」
ということは、
何も会社経営だけに通じる考えではない。
子育てや、教育、あるいは、
あらゆる組織の運営などにも同じことが言える。

子どもの教育においても、
おもちゃなどを子どもの言うがままに買い与えたり、
テレビやアニメやゲームを子守がわりに見せたりやらせたり、
小遣いを際限なく与えたりする。

そうやって甘やかし放題に甘やかすなら、
我慢のできない、わがまま放題な子どもになるのは
目に見えている。

躾やルールを守らせるということは、
真の大人になるための最も大切なことだ。
そのためには、ときには厳しいことを言ったり、
叱責することも必要だ。

大事なことは人に対する、「愛」や「思いやり」や「情」、
と同時に「厳しさ」や「非情さ」も併せ持つこと。
そして、その相反することを何の躊躇もなく、
同時に行うことができる人を名経営者、偉大な教育者と言える。

「大善は非情に似たり」を理解しておこう。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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