『英雄の書』

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黒川伊保子

30代までの脳にとって、「失敗」は、脳のメカニズムの一環で、必要不可欠な頻出イベントである。若者は、いちいち落ち込んでいたら、脳が疲弊してしまう。それではまるで、おしっこする度に落ち込んでいるようなもの。好奇心が萎えてしまい、日々の暮らしの中に埋もれてしまう。40歳を過ぎると、もの忘れが始まる。もの忘れは、脳が無駄を知り、本質を極めてきた証拠。「本質的でない無駄な情報」に電気信号を流さなくなるから起こるのである。当然、人は失敗しにくくなってくる。

とはいえ、新しい世界に挑戦するときは、やっぱり失敗する。逆に、失敗しなくなったら、成長していない自分を嘆いたほうがいい。ときには、失敗を求めて、新しいことに挑戦してみればいい。失敗したら「しめた」と思おう。好奇心を失わず、失敗にタフな大人はかっこいい。若者たちを英雄の道へ導く、いいお手本でもある。

英雄は、誰よりも勘とセンスが働かなくてはならない。だとしたら、誰よりも、失敗を知らなければならない。脳は、体験によって進化している。失敗すれば、失敗に使われた脳の関連回路に電気信号が流れやすくなる。中でも、さまざまなかたちの成功に使われる本質的な回路は、使われる回数が多いので、特に優先順位が高くなる。これこそが、物事の本質を見抜く洞察力の回路に他ならない。超一流のプロたちが持つ力だ。彼らは、この回路を使って、「勝ち手」を瞬時に見抜く。この回路は、成功体験を積み重ねることによってつくられる。

しかしながら、成功体験を劇的に増やし、大切な回路に何度も信号を流して「本質の回路」に昇華させるためには、その前に、十分に、無駄な回路を切りすてておく必要がある。その無駄な回路を捨てる、成功への基本エクササイズこそが「失敗」なのだ。

この世のどんな失敗も、脳の成長のためにある。失敗の数が多いほど、そして、失敗の「取り返しのつかなさ」が深刻なほど、脳は研ぎ澄まされた直感を手にし、その脳の持ち主は輝かしいプロになり、しなやかな大人になる。しがたって、「失敗」は、恐れる必要がない」

昔からよく「若いときの苦労は買ってでもしろ」とか「失敗は成功の源」などと言うが、あれは、単なる慰めでも、結果論でもない。脳科学上、非常に明確な、脳の成長のための真実なのだ。若くても、勘のいい子はいる。たしかにそう。しかし、そんな若者は、子どものうちに、人一倍、試行錯誤を重ねてきた子たちだ。小さなころから世間をなめて、うまくごまかし、失敗を回避してきた脳こそが深刻。

「逃げがうまい要領がいい若者」は、本当に大成しない。一流の場所に一人も残らない。かくも、失敗とは、脳にとって大事なのである。心を痛めた分だけ、脳はよくなる。ネガティブだと思っていた現象が、不可欠であること。脳を研究していると、よく出会う真実である。

脳は一秒たりとも無駄なことはしない。失敗は「人生をドラマチックにしてくれる、神様の演出」だ。同じ事象を、「失敗」と呼ぶのと、「やっとドラマが始まった」と思うのとでは、天と地ほども違うからだ。テレビのドラマにおいても、物語がいよいよ佳境に入ると、泣きたくなるような失敗や、大きな困難が起こる。そして、それを乗り越えたとき、そのドラマはハッピーエンドに向かう。

一度の失敗もない、成功しっぱなしのドラマなどはつまらなくて誰も見ない。人生も同じで、山あり谷ありだからこそ、そこに味があり、深さや厚みが出る。すべての失敗は脳を成長させる。

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