ゾンビプロジェクト」をやめるだけで 企業は成長する

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スコット D. アンソニー,
デイビッド・ダンカン,
ポンタス・M・A・サイレン

ゾンビ・プロジェクトとは、まったく有望ではないのに
ダラダラと生き永らえているイノベーション活動である。
これらを中止すれば、経営資源の効率化と組織学習という
大きなメリットが得られる。

「そんなものは絶対に見つからない」と、
数十億ドル規模の売上高を誇るIT企業の上級幹部は言った。

ここで言う「そんなもの」とは、
有意義なイノベーション活動を害する最大の敵として
世界中で見られる、「ゾンビ・プロジェクト」である。
理由は何にせよ、当初の目的を達成できないにもかかわらず
ズルズルと存続している「死に体」のプロジェクトだ。
戦略上も財務上も会社に貢献できる見込みは
実質的にないまま、経営資源を浪費している。

このIT企業が革新的なアイデアを
うまく事業化できないでいる理由の1つは、
ゾンビ・プロジェクトが経営資源を浪費し、
イノベーションのパイプラインを停滞させているためだ。
そう我々は提言したのだった。
幹部は納得できない様子だった。

そんなものは絶対にない、と彼が考えた理由は、
この会社には非常に厳格な計画策定プロセスがあるからだ。
毎年多くの人員が数カ月を費やして、
直近の業績を評価し今後の計画の妥当性を検証している。
どのプロジェクトも丹念に精査されているのだから、
ゾンビ・プロジェクトなどあるはずがないという訳だ。

ゾンビ・プロジェクトの発生には、
特定のパターンが見られる。
経営陣によって承認された時点では、
その案件は間違いなく有意義だ。
財務予測も、新規プロジェクトでは常に不確実とはいえ、妥当に思える。
市場についての仮説は筋が通っていて、
開発スケジュールも実現可能なように見える。

だがプロジェクトを進めていくなかで、何かが起こる。
技術面で意図した通りにいかない。
競合企業が思いもしない手を打ってくる。
重要な事業パートナーが不参加を決める。
顧客が想定外の反応を見せる――。

プロジェクトの担当者たちは、
こうした出来事がマイナスであることを知りながら、
取り組みが軌道を外れたと認めることができない。
人間は心理学者の言う確証バイアスに影響を受け、
自分の期待に沿う情報には強い注意を向けるが、
そうでない情報は無視する。
さらに、失敗に気づいたとしても
「感情ヒューリスティック」にとらわれる。
つまり、その時の感情や思い込みにとって
都合の良い情報を重視し、都合の悪い情報を無視しがちだ。

そうした不都合な事実が積み重なってきたタイミングで、
プロジェクト担当者たちに自白剤を与えれば、
この取り組みが会社の財務目標や戦略目標に
有意義な貢献をしないと認めるだろう。
だが多くの企業の報酬制度では、
コミットメントの未達に対し大きなペナルティが
生じるため、担当者はみずから手を挙げ
「私たちの取り組みは失敗しました」と言うことを
躊躇する。
それよりも、プロジェクトを継続させる方法を
考えるほうが賢明だというわけだ。

我々は多くの時間をかけてこのIT企業を調査し、
ゾンビ・プロジェクトの存続を図る担当リーダーが
いかに巧妙に予算編成を歪めているかを知った。
その手口の1つはこうだ。
今後5年間での利益予想として大きな数字を打ち出す一方で、
短期的には、ごく控えめな投資を要求する。
次の予算編成時にもこのプロセスを繰り返す。
5年での利益予想は、計画策定プロセスで検証される
2年という期間から外れるために常に安全となる。
プロジェクトチームがコストをうまく管理している限り、
すべてはうまくいく。
なぜなら、長期目標を毎回示し続けること自体については、
それがけっして達成されないものでも、
ペナルティは実質的に生じないからだ。

どんな予算制度にも盲点があるものだ。
生き残ろうと必死な社内イノベーターたちは、
巧みにそうした点を見つけてつけ込もうとする。
この問題に対して、我々は「ゾンビ・プロジェクトへの
恩赦」を実施するよう提案した。
社員はこの恩赦期間に真実を告白でき、
プロジェクトを見直し、中止となっても
ペナルティを受けないものとするのだ。
この制度の重要なポイントは、
コスト削減のために人員を減らすことではなく、
より有望なプロジェクトに人員を再配置することで
新たな成長への投資を図ることである。

我々がこのIT企業の30余りのプロジェクトについて、
現実的に見込める利益を試算して評価したところ、
その2割が継続投資に値しないゾンビ・プロジェクト
であった。
ペナルティなしにそれらを中止することによって、
より戦略的に重要なイノベーション活動を
2年間支えられるだけの資金を捻出できたのだ。

☆6つの要諦

1.シンプルで透明性がある基準を、
あらかじめ設定しておくプロジェクトの中止には、
関係者のさまざまな感情が渦巻くものだ。
実行の前に数項目からなる中止の基準を
設定し共有することにより、
関係者は中止を合理的と見なすようになるだろう。

最も初歩的なものとしては、
事業アイデアに関する3つの問いを常に考えてもらう。
①市場のニーズは本当にあるのか。
②現在の競合企業、そして将来競合となりうる企業よりも、
自社はそのニーズをうまく満たせるのか。
③財務上の目標値は達成できるのか。

ただしどんな基準であれ、
それはあくまで指針にすぎず、規則とはしない。
最終決定では常にある程度主観的な判断が
必要となるだろう。

2.部外者を関与させる 
親がわが子に対してそうであるように、
プロジェクトの立ち上げに関わった人が
客観的でいることは難しい。
案件と関わりのない部外者、たとえば違う部門の人や
社外の人に中止の手続きに関与してもらうことで、
中立性という重要な面を担保できる。

3.プロジェクトの解消を通して得た教訓を、体系化する。 
企業がイノベーションに取り組むと
2つの成果が生まれる。
1つは構想をうまく事業化できた
(明らかに成功した)場合の成果。
もう1つは、事業化に至らなかった場合でも、
将来の成功にむけて何かしら学べることである。
事後検証の場を設けて教訓を抽出し、
それらを保存・共有するための生きたデータベースを
つくるとよい。
「失敗から得られた教訓はしばしば、
その後の成功を後押しする」ことが分かっている。
ゾンビ・プロジェクトから知識を抽出し
広めるために努力することで、
過去の投資の見返りを最大化することになるのだ。

4.「成果」の定義を拡大する 
大企業の幹部たちは、ベンチャー起業家の優れた能力に
自分がいかに対抗すべきか思い悩んでばかりいる。
だがそれよりも、自社で商業的に成功「しない」
プロジェクトに取り組んでいるイノベーターたちに
もっと配慮するべきである。
考え抜いたうえでリスクをとって挑戦しても、
ペナルティを受ける可能性があるならば、
誰もリスクをとろうとしなくなるのは当然だ。

イノベーションの取り組みにおいて、
将来の成功は常に不確実である。
したがって、ある事業アイデアが有効でないという
学びが得られたならば、それは成果と言える
(ただし、資源がある程度効率的に使われた場合に限る)。
貴重な教訓をもたらしたプロジェクトチームに、
称賛の意を伝えよう。

5.プロジェクトの失敗を広く周知する 
これは直感に反するかもしれないが、
商業的な失敗を広く公表すれば、
今後の努力を鼓舞することになる。
なぜなら、大胆な挑戦を促す企業でこそ
最もイノベーションが起こるからだ。
インドのコングロマリット大手タタ・グループは、
まさにこの「大胆な挑戦(Dare to Try)」という
名の賞を設けている(英語サイト)。
この賞は「望ましい成果を上げなかったが、
最も斬新で大胆、かつ真摯に取り組まれたアイデア」を
表彰するものである。
こうした努力に光を当てることにより、
従業員たちは安心してイノベーションの限界に挑戦できる。
結局のところ、思い切った挑戦なくして
成功など望めるはずがないのだ。

6.プロジェクトの終了を祝うイベントを開催する 
これはマグレイスによる2011年の素晴らしいHBR論文、
『「知的失敗」の戦略』からそのまま借用した
アイデアである。
「象徴的なイベント、たとえば通夜、劇、追悼式など
を開いて、関係者に終結を実感させる」という方法だ。

フィンランドのモバイルゲーム開発会社スーパーセルは、
創業後たった3年で時価総額30億ドルとなったが、
上記で述べてきたような原則に従うことの
大切さを示してくれる。
同社ではプロジェクトの成功はビールで祝い、
失敗はシャンパンで祝う。
過ちに対しては真正面から率直に向き合い、対処する。
たとえば1年以上かけて開発・投資してきた
マルチプラットフォーム向けの事業は、
開発目標に届かなかったために中止が決定された。
ゾンビ化の可能性があるプロジェクトには
中止の英断を下し、
担当者たちの成果については称賛する。
この方法で、人員を別のより有望なプロジェクトに
移せるのだ。
このチームの場合、その後爆発的な成功を収めた
「クラッシュ・オブ・クラン」を開発することとなった。

ほとんどの企業には、自分たちが考える以上に
経営資源が存在する。
ゾンビ・プロジェクトを見つけて廃止し、
その資源をもっと有望な活動に再配分すればよいのだ。
そうすればイノベーションの取り組みは、
すぐに改善され成長も加速していくだろう。

ハーバード・ビジネス・レビューの論文
「イノベーション体制をたった90日で構築する」より

好い論文を紹介できたと喜ぶ、エンジンオイル、OEMの
櫻製油所でした。

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