『塑する思考』

Pocket

佐藤卓

世の中のほとんどの仕事は不特定多数の人々のための営為であって、自分の「好き」のために世の中が回っているわけではない。
ところが自分の「好き」を基準にしてしか仕事ができない。
つまり「我欲」をコントロールできないまま社会人を続けようとしてうまく行かずに悩んでいる人が多い。
そんな悩める人に向かって「好きなことを自由にやればいいんだよ」などと、世間は無責任な追い打ちまでかけるので、悩みが解決するはずがない。

とかく「個性」が強調される世の中ですが、著者はこの個性について、こんな興味深い考え方を示しています。
一般には、目に見える表現に個性があるとされがちですが、それは違います。表現以前のその人その人の思考、ひいては生き方や思想に個性は確実に潜んでいます

「塑(そ)」というのは、外部から力が加わって凹んだら、そのままでいる性質のこと。
自分の形などどうでもよく、その都度変化しても構わない、という性質のことで、これが仕事やデザインに活かされる。

発想とは、今まですでにあったのに、繋がったことがないもの同士を繋ぐことです
ある形を持っていなければならないと思い込んでいる自分の思考が変われば、何のことはなく、どうしようとも自分は自分であると分かるのです
石は石であり、デスクに置かれても石そのものが何ら変化するわけはないのに、書類が風などで飛ばないように押さえておく必要上、拾って帰った石ころがちょうどいい重石になってくれた。
これは、人が石に価値を付け加えたのではなく、自分と石との関係性の中で石がもともと持つ価値を発見したのであって、言うまでもなく、付け加えるのと見出すのとでは、意味がまったく逆です

才能の才は、中国古代の甲骨文では在と同じ字で、もともと在るものを意味します。能とは働きであり、力の意味ですから、才能とは、すでにそなわっているものを働かせる力のことなのだそうです

商品じたいは変化しない1つの情報ですが、そこから受け取っているものは、人それぞれ違います。
その商品と、まあ浅く付き合っている人もいれば、それはもう深く付き合ってきた人もいる。その両者に応えることこそが、リニューアルの仕事というものではないのか

デザインの危険性は、とかく表面を美しくしてしまえるところにあります。
つまり対症療法ならいくらでもできるのです。

「とりあえず」という言葉が、日本人はとても好きです。飲み屋に入って「とりあえずビール」はいいとしても、仕事においての「とりあえず」は対症療法に過ぎず、問題の先送りしか意味しません
「意識」は美しいを求めてい(るふりをしてい)ても、「本能」ではそうではない何かをも素直に求めている

美味しそうに感じてもらうとは、過去の美味しい経験の記憶を呼び起こす、あるいは美味の経験を改めて編集することなのです
不特定多数の人に手にとってもらえるもののデザインは、老若男女、誰にでもちゃんと分かる顔つきにしなければいけない

どのような意見でも、いいかもしれないと思えるものは、どんどん活かしてデザインに取り入れます。そのほうが、意見を交わし合っている人全ての参加意識も高まる。この時も、赤い色にこだわっていた自分の気持ちの狭さを気づかせていただいた

全ての仕事は「これから」のためにある。それは一瞬先かもしれないし一年先かもしれず、もしかすると百年後なのかもしれません
秩序と無秩序、国と国民、伝統と現代、人と人、人と物事……。それらのほどよい関係を見つけるためにこそ、人の営みにはデザインがあり続けるのです

全ての仕事は「これから」のためにある、つまりこれからのためにならない仕事は仕事ではない。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

Pocket