「なぜ勉強するのか」

Pocket

瀧本 哲史

「みなさん、資本主義って言葉、聞いたことあるでしょう。
資本主義というのは、一言でいえば
『好きなものを、誰でも自由にお金で買える社会』のことです。
日本やアメリカをはじめ、いま世界のほとんどの国が
このシステムを採用しています。
それに対して『社会主義』というシステムもあります。

社会主義の国では、どこかにいる偉い官僚や政治家が
『みんなはこれを買いなさい』と決める仕組みで
社会を運営しようとしました。
しかし、これはほとんどの国でうまくいきませんでした」

資本主義の社会では、何かを作るのが得意な人が、
自分の好きなものを作り、それを自由に売ることで
お金が儲けられる。

そのことによって企業や人々の間で健全な競争が起こり、
世の中が便利に進歩していくというシステムだ。
しかし近年、この資本主義システムが
世界中で急速に進行したことによって、
「あらゆる人が世界中から
一番良いものを一番安く買えるようになり、
そのことが日本経済の低迷をもたらした」。

〇「iPhoneを作っているアップルは、
どこの国のメーカーだかわかりますか?」
ステージ上から中学生たちに問いかけると
「アメリカ!」とあちこちから声が上がった。

「そうです。でもじつはiPhoneの中の部品は、
ほとんどが日本や台湾、韓国製です。
スマホの組み立て自体も中国や台湾で行っていますから、
『どこの国で作っている』と一言では言えないんですね。

スマホを持っている日本人のうち、
今は半分ぐらいの人がiPhoneを使っています。
富士通やNECなどの日本メーカーもスマホを作っていますが、
シェアはiPhoneに比べれば非常に小さい。

昔はメイド・イン・ジャパンが『世界最高品質』の
証明でしたが、
今やそんなブランドイメージはゼロになってしまったんです」

資本主義が進んだ結果、現在の世界は、
iPhoneのようなそれまでにない、
まったく新しくて画期的な製品を最初に作りあげた企業だけが、
儲けを独占する構造となっている。
かつて世界の市場を制した多くの日本企業が、
この10年で苦境にあえぐようになったのも、
彼らが作る製品が「世界一」ではなくなったからだ。

君たちが習っているのは、魔法だ

資本主義の進歩と歩調を合わせ、
社会に巨大な変化を起こしているのが、
「テクノロジーの進歩」だ。
人々の働き方にも巨大な変化をもたらしている
その実例として、スクリーンに二人の男性の写真を投影する。

「この人たちは何をしているんでしょうか?」
「駅員さん」「キップを切ってます」

片方の写真の駅員は、
何十枚も並んだキップを前にして座っている。
昔は駅に自動販売機が無かったので、
乗客の行き先を聞いて、
その値段のキップを駅員が手売りしていたのだ。

「それが今はどの駅もこうなっていますよね」と、
自動改札の写真を次に投影する。

「駅員さんだけではありません。最近AIの進化にともない、
あらゆる仕事がどんどんコンピュータ化されています。
皆さんが大人になる頃には、
『答えが決まっている仕事』のほとんどは、
コンピュータや人工知能を搭載した
ロボットが行うようになることが確実です」

そうした未来に生きていく子どもたちは、
どのような力を身につければ良いのだろうか。

〇ハリー・ポッターと「君たちの将来」
次に映し出した写真に、場内から歓声が上がった。
「ハリー・ポッターだ!」。
投影されたのは、映画『ハリー・ポッター』シリーズの
登場人物、ハリーやハーマイオニーたち魔法学校の生徒が
横並びに立つ写真である。

「そうだね、皆さん、毎日勉強していて
『なぜこんな何の役にも立ちそうにない、
三角関数とか平行線の証明とかをやらなきゃならないんだろう』と思いませんか?」
無言でうなずく生徒たち。

「でも実は、皆さんが今学校で習っているのも、
ハリーたちと同じ『魔法』なんです」

生徒たちは「どういうこと?」と言いたげに、
ぐっと席から体を乗り出して耳を傾けた。

「現代の魔法というのは、科学と技術です。
過去の偉人たちが発見した偉大な真理や発明が、
いまの私たちの生活を支えています。
例えば飛行機。150トン以上もある鉄の塊が、
日本とアメリカの間の空を飛んでいくなんて、
江戸時代の人が見たら『魔法だ!』とびっくりしますよね。
そうした技術を支えている根本は、
皆さんの多くの人が嫌いな『数学』なんです」

もしも人類が三角関数を発明していなければ、
飛行機を飛ばすことも船を運行することもできない。
電車のモーターや車のエンジンを作ることも不可能だ。
現代社会の「魔法」はここ20年でさらにスピードを上げて
進化し続けている。

〇「今から34年前に描かれた漫画のドラえもんに、
『おこのみボックス』というひみつ道具が出てきます。
小さな箱に『テレビになあれ』というとテレビになって、
レコードで音楽を聞くことも、カメラにもなる。

それってつまり、皆さんが持ってるスマホですよね。
スマホはさらに、ゲームもできれば
電話やLINEで友だちと連絡を取り合ったりもできます。
わずか30数年前の『夢の道具』が、
それ以上の性能で、現実になっているんです」

医学の進歩でいえば、これから人間の平均寿命は
100年を超える時代になるとも言われている。
米国の起業家イーロン・マスクが経営するスペースX社は、
人類を火星に送り込むことを真剣に目指して
ロケットを開発している。

今日の講義を聞く彼女たちが大人になる頃には、
道路を走る車の多くはAIにより自動運転になっている
可能性が高い。
20年前に今のスマホの隆盛を予見できた人は誰もいなかった。
テクノロジーの進歩がもたらす未来は、
現在を生きる我々の想像力をきっと超えるだろう。

「そうした技術の元になっているものこそ、
今、皆さんが学校で習っている数学や自然科学です。
つまり今、皆さんは学校で、『魔法の元』を習っているんです」

〇学校で教えてくれる学問の重要性について、
次のような小咄を例に解説する。

「昔、中国の田舎に、数学がすごくできる中学生がいました。
ある数学の研究者がその子の才能を見抜いて、
『君は都会の学校に行って、数学の勉強をするべきだ』と
アドバイスしました。
しかし、その子の親は『うちで農業を手伝わせます』と
進学を止めたのです。

何年かして研究者がその子に再会すると、彼はこう言いました。『先生、僕はすごい発見をしました。
この公式を使うと、あらゆる2次方程式が解けるんです』。
彼が見せたのは、皆さんが中3で必ず習う『解の公式』でした」

生徒たちがどっと笑う。
「ゼロから車輪を再発明する」ようなことは、
時間の無駄でしかない。
すでに解明されている真理や、
かつての人々が見出した知見、発明された技術は、
できるだけ効率的に学ぶことが、
新しいものを生み出すためには必要なのだ。

エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

Pocket