〈ITのしくみ〉を知ればできることの範囲が変わる

Pocket

古瀬 幸広

ここ数年、とても気になっているのが、
この社会にITをきちんと学ぶ機会がないことです。
ITは、社用車を颯爽と運転して
仕事をこなすのと同じような役割を果たすのに、
教習所もなければ、わかりやすいテキストもない。
企業の管理職や経営者といった年代の人たちにとってみれば、
インターネットという言葉にやっとなじんだかと思うと、
もう「クラウド」ですから、
右往左往した上、
すべての関連情報を拒否したくなるのもわかります。

若い世代も不幸です。複雑なシステムを
いきなり提示されるから、
学ぶにも、どこから手を付ければいいか分からない。
どの世代にとっても、若い社員も経営者も、
系統立ててコンピューターやITを教わる機会がないのが
不幸だと思います。

その点では私は幸運で、大学生のときに、
生まれたてのパーソナルコンピューターと出会いました。
シンプルな構造の8ビットCPUの時代です。
そこから16ビットCPU、32ビットCPU、64ビットCPUと
進歩し、システムも複雑化するわけですが、
自分自身の知識もコンピューターの進化に伴って、
徐々に増えています。

インターネットについてもそうで、
パソコン通信の時代から通信になじみ、
インターネットと出会い、
ウェブ技術がまだ生まれていないときから、
コンピューターをネットにつないでいます。
もう、時代がカリキュラムそのもの。
ITを基礎の基礎から学ぶことができました。

ITを使いこなすには、仕組みの理解、本質の把握が必須です。
いまではマウスでアイコンをクリックするだけで
いろんなことができるけれども、
情報を二進数で表すこと、
つまりデジタル化の本質がわかっていないと、
コンピューターを上手に使えない。

例えば、メールの文字化けの理由も、
見当がつかないわけです。
トラブルが起きたときにも差が出る。
仕組みがわからないと、リスクの管理もできない。
サイバー攻撃にも無力だし、
個人情報漏洩で会社を倒産の危機にさらしたりします。
この状態はしばらく変わらないでしょう。
「だいたいITが不完全すぎるのだ」と批判したくもなりますが、
正確には、ITを学ぶカリキュラムの不在を
批判すべきなんです。これは業界の怠慢だと思います。

コンピューターのさまざまな可能性を切り捨てて、
特定の用途に使えればいいと
割り切ってしまうやり方もあります。
これはこれで、投資対効果がはっきりしていて、
なかなかいい。
例えば、昔のワープロ専用機ですね。
用途がはっきりしていて、効果も見積もれる。
コンピューターも、「ワープロソフトと表計算ソフトしか
使わない」と決めてかかれば、
ワープロ専用機と同じように使えます。
仕事の内容によっては、そういう使い方でもいいわけです。

つまり、ITには大きな選択肢がふたつある。
第一は、特定用途の道具と割り切って、
その範囲内で使うこと。
第二は、情報漏洩などのリスクをマネジメントしながら、
創造性を発揮する道具として使うことです。
どちらがいいという問題ではない。
この二つを意識して使い分けるセンスが、
経営者に求められています。

カリキュラムの不在を、自分たちで補う努力も必要でしょう。
ひとつのアドバイスは、「社員のスキルを疑え」です。
ある会社にExcelのプロによる講習会を勧めたことがあります。
経営者の返答は、
「教えてもらわなくても、
うちの社員はExcelを使えている!」でした。
私はその会社の社員の様子を見て、勧めたのです。
Excelで方眼紙を作り、数字をセルに記入した後、
電卓を叩いて結果を入力していましたから。
Excelが画面に表示されているからといって、
上手に使いこなし、知的生産性を高めているとは限りません。

ある意味、Excelは試金石になるシステムでしょう。
特定用途の道具と割り切ることも、
創造性を発揮する道具として使うこともできる。
分かれ目は変数です。
変数にすべきところは変数にしたシートを作ることで、
売上予測やシミュレーションに活用できます。
消費税が5%から8%に変わっても、
「消費税率」を変数にしておけば、
一カ所の変更で帳票全体の数字が
正しく修正されるようなシートになる。
変数を適切に使いこなせないと、
なにかあるたびにすべてやりなおしです。

経営者自身が、Excelを「創造性を発揮するツール」であると
認識することが重要です。
でないと、「きれいな表をつくるのに便利なソフト」という
位置づけで終わる。
特定用途の道具として使い始めながらも、
創造性を発揮する道具として使いこなすことを
目標とすべきでしょうし、
それを意識できれば、
ITに詳しい若い世代をがっかりさせることもないはずです。

脱線しますが、「ヒトだけが火を使える」と
よく言われますけれども、
もうひとつ重要なことを見逃している。塩です。
動物の中で、塩を使いこなせたのも、ヒトだけです。
塩を使うと食べ物を保存できるだけでなく、
発酵食品という形で、
微生物を体内にとり入れることができました。
微生物が腸内で消化を助ける共生関係ができ、
消化の負担が減り、
血液を脳の進化に回すことができたわけです。

進化した脳は次に車輪を発明します。
ヒトが使う道具の多くは自然界にモデルがありますが、
車輪はオリジナル。
いまでも活躍していますね。
そして、蒸気機関の発明と石炭・石油のような
低エントロピーのエネルギー資源の開発が
世の中を変えました。これが産業革命です。

こうした文明史的な目でみると、
情報の二進数化、すなわちデジタル化と
そのネットワーク化こそが、産業革命に匹敵するような
知的産業革命を引き起こす大きな変化のように思えます。
コンピューターを使ったら便利だとか、
能率がよくなるといった矮小な評価にとどまるから、
教育への投資もつい節約してしまう。
そうではなくて、構造変革が引き起こされており、
その波は間違いなく自分たちの組織も巻き込んでいる、と
認識することが重要です。

とても卑近な例では、注文の変化ですね。
いまどきウェブページもなく、メールも届かないようでは、
発注も来ないでしょう。
一昔前、ファクスが普及したのも、同じ理由でした。
今回はその上に、社員一人ひとりの知的生産性の差異が
つきつけられています。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

Pocket