「 日本と西洋の庭」 330140
西欧の教会の回廊は、外部と内部の中間領域にあるが
インテリア(内部)に近い感覚だ。
ここを歩いていると、
庭の中を歩いているような感じになれる。
このように、外部空間と内部空間が一体になれる空間を尊いと
日本人は考えて来た。
ヨーロッパの庭は、非常に大きく、左右対称式である。
シャトーと言われる建築は石造り。
どんどん上に高く上がって行く作りなので
上から見下ろした時に綺麗に見せる。
だから、模様にするか、遠くで景色が消えて行くように作る。
庭は庭、建物は建物として、建物の壁で仕切り、
主従関係を作っている。
それに対して、日本では、
建物も庭の中の一構成として存在している。
左右対称ではなくて、すべてバランスで考えて行く。
桝野俊明特集6
「完成を超えた不完全の美」330140
これ以上、巧妙に形が作れない、
これ以上精巧に図柄を描き表す事は、できないと言う所まで
きちっと形を作る。
これを最高の美しさと表現している。
もうこれ以上、人間が手を尽くす事ができないほど
完成された美しさを、最高の美だと表現する。
日本では考えが、まったく違ってくる。
抹茶茶碗を見ても、形がゆがんでいたり、
釉薬のかけ方も均一でなかったりする。
また、火のあたった所と当たってない所。
これは偶然にできたものだが、それを面白いと言い、
「景色」と言い褒める。
でき過ぎた物には、作り手の人間性が入り込む
余地すら無くなってしまうので、
完成させないで壊してしまう。
それを超える。
例えば、焼き物であれば、
土と作り手と時間が一つになった時に完成したと言う。
その状態は、まさに「完成を超えた不完全の美」である。
絵を比べてみる。
油絵は、デッサンしてデッサンして、もうこれでいいと、
構図が決まったら、色を載せて行く。
その色も、何回も何回も、上に載せて行く事が出来る。
そして、これ以上、力を尽くす所が無くなった時に
画家は手を離す。
それに対して、墨絵は白から黒までのモノトーン。
果物の柿を描いても、
その柿が、どの程度熟しているかは
見る人の力量に委ねられる。
墨に五彩ありと言われる。
五彩というのは、無限大に色を表現できるという意味だ。
これは、見る人の創造力に任せると言う事である。
エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

