佛母寺住職、コーネル大学宗教学博士、松原正樹
心配、不安、焦り、悲しみ、嫉妬、怒り、
湧き上がってきた感情に振り回されたり
これからお伝えするコップの話を思い出してください。
透明なコップに水と土を入れ、
箸でグルグルとかき混ぜた様子をイメージしてみましょう。
かき混ぜた途端にコップの中の透明度は失われ、
コップを目の高さまで持ち上げ、
どの角度から覗き込んでみても、
中に何が入っていたか判別が難しくなります。
ここで一度、平らな場所にコップを静かに置いてみましょう。
かき混ぜられて渦を巻いていた泥水は、
少し待っている間に少しずつ波が静まっていき、
落ち着きを取り戻します。
そして、時間が経つとともに、
重たいものは下へと沈んでいき、
コップの中身がはっきりと分かるようになります。
このかき混ぜられた泥水こそが、私たちの心の状態です。
私たちの日常はいつなんどきも感情とともにあり、
手放すにしろ執着するにしろ、
湧き上がってくる感情に対処することを繰り返しています。
つまり、私たちの心は、
かき混ぜられたコップの中の泥水のように
混沌としているのです。
いつも泥水のままで視界がクリアになる瞬間がなければ、
自分の本心がどこにあるのか、
何を大切にしたいと考えているのか、
湧き上がった感情の何に反応して心が乱されているのか、
わからなくて当然です。
だから、いったんコップを置き、
心を鎮めることが必要なのです。
実は、このコップを置くという動作こそが、座禅です。
座禅のやり方はいくつかありますが、
基本となるのは、座禅という字の通り安定した
土(大地)の上に座ることです。
まずは座って、コップを置くのと同じように、
心を落ち着けます。
心の波が穏やかになってくると、
コップの中身が水と土であったと分かったように、
自分は今いちばん何が気がかりであるのかや、
何を思っているのか、何を心配しているのか、
といったことが分かってきます。
さらに、中身は何かと覗き込むと、
泥の中には枯葉や小さな虫が混ざっていることにも
気づきます。
日常では見落としていた、
自分の本当の気持ちに出会うようなイメージです。
今は情報の流れるスピードも速く、
すぐに答えを求めようとしてしまいがちですが、
静かにコップを置いたら、
答えが出るまでそのままのんびり待ちましょう。
答えになかなか出会えないときは、
泥水の土の分量が多いのかもしれない。
そんなふうに考えて、コップの中身が
クリアになるのを気長に待ちましょう。
■『花のお寺と呼ばれる鎌倉のあるお寺の和尚さんのもとに、
あるとき、悩みを抱えた男性がやってきました。
男性の胸の内を聞いた和尚さんは、
「わしに答えはようわからんから、
そのへんでゆっくりしていきなさい」と庭を指差しました。
その寺の庭園は、世界遺産に指定されている
京都の苔寺や天龍寺の庭園を手がけた、
夢想国師によって作られた立派なもの。
男性は和尚さんにいわれた通り、
朝から夕方まで庭を眺めてすごしました。
日も暮れかけた頃、「和尚さん、答えが分かりました」
といって、寺を後にしたそうです。
私にも似たような経験があり、
寺を訪ねてきた40代後半の女性が、
夫を亡くし、仕事も失い、生きているのが嫌になった
というので、
「とりあえず座りましょう」とうながして、
しばらく一緒に庭を眺めていました。
小一時間すると、その女性はすっくと立ち上がり、
「もう大丈夫です」と、清々しい笑顔で帰っていかれたのです』
■『どんなことに対しても一喜一憂しない心をつくると
ものすごく人生が楽になります。
何を言われてもにこにこしている状態を、
強靭な魂と言いますが、
私が発見した方法を使えば、15秒くらいでこれをつくれます。
必要なことはただ1つ、「ぼ―っ」とすること』と、
小林正観さんは言った。
ぼーっとしていれば、どんなに濁った水でも、
コップの中は、時間がたてば水と泥に分かれて、澄んでくる。
庭や景色を、ただただぼーっと眺めるのも同様だ。
たいていのことは時が解決してくれる。
ときに、ぼーっとすることはとても大事だ。
エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

