小林正観

昭和20年8月30日、ダグラス・マッカーサー元帥が

日本に降り立ちました。

終戦後、GHQの最高司令官として

日本の占領政策を進めるために来たのです。

約1ヵ月後の9月27日に昭和天皇が会いにくると

いうことになった。

マッカーサーは、どうせ命乞いに来るのだろうと思って、

自分の部屋でコーンパイプをくゆらせて

足を組んで待っていた。

迎えには出なかったそうです。

昭和天皇は燕尾服(えんびふく)を着てやってきて、

「マッカーサー元帥、お願いがあります。

ここに皇室の財産目録があります。

私の命とこの財産目録を差し出しますから、

日本国民のために

アメリカから食料を送っていただきたい」と言ったそうです。

マッカーサーは驚いた。

今までいろんな人に会ってきたけれど、

命乞いするとか亡命をするという人ばかりであって、

自分の命を差し出すというトップの人には

一人も会ったことがなかった、

それで大変驚いたのだそうで、話をしているうちに、

この人はポーズで言っているのではなくて、

本当に心からそういうふうに言っているのだと

思ったそうです。

命も本当に差し出し、財産目録も本当に差し出している。

その財産目録を見たら、細かいものまで全部載っている。

昭和天皇が本当に誠心誠意対応したということがわかり、

マッカーサーは本国に連絡して、

子供用の食べ物、特にチョコレートやチューインガムを

大量に送らせました。

そして、届いた食べものを米兵を使ってどんどん配り始めた。

あのチョコレートとチューインガムを配っていたのは」

米兵の厚意であるけれど、

実はその根っこには昭和天皇の一言があったのです。

マッカーサーが要請して、食べ物が来たのですが、

その根底は、日本国民に食べ物を与えてほしい、

もっと多くのものを取り寄せてほしいと言った

昭和天皇の言葉だったということなのです。

マッカーサーは、その人格に打たれて、

昭和天皇が帰るときには玄関まで見送ったそうです。

そして、昭和天皇の車が出て行くときに、

敬礼をしたという話が残っています。

別に私は昭和天皇や天皇家を礼賛しているつもりはありません。

ただ、人間の意識として、自分の命を助けてくれ、

なんとかしてくれというのとは

違うところに意識を持っていく人がいるということ。

人間には、そんなことが可能だということです。

1月1日、天皇陛下は東西南北四方に向かい、正座をして、

お祈りするそうです。

「今年この国に災いがあるとしたら、

まず私の体を通してからにしてください」。

これを四方拝(しほうはい)といいます。

天皇家というものは、それを毎年繰り返しながら、

100代以上にわたって生きてきた家系だそうです。

天皇家というのは、

そういうことを言い続けてきた家系である。

そして災いを一身に浴びて、背負いきれなくって亡くなると、

それを皇太子殿下が受け継いで、

また災いを一身に浴びて死んでいくという、

そういう家系だったということです。

聞いた話では、天皇陛下と皇太子殿下が

ヒソヒソと話をしている場面というのが結構あるそうですが、

侍従長さえも、なんの話をしているのかは

わからないそうです。

天皇から皇太子にだけ教えていることがある。

四方拝もどうもそうらしく、

わが身に全部降らせてくださいというのは、

ほかの人には一切知らせず

皇太子だけに教えていくらしいのです。

それが漏れ伝わってきたのはありがたいことで、

それを活字にして書いてしまっていいのかな

というところはあるのですが、

人間の魂がここまで崇高なところに行くことができる

実例として、どうしても紹介したくなりましたので、

書くことにしました。

エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より