もう何年も前から言われている。
「自分のやりたいことは
何でもじゃんじゃんやっちゃえ」というような、
学校でも社会でも「節度」がない子が増えている。
レストランや公共施設、地下鉄などで騒ぎ回る子は数多いるし、
近くにいる親もそれを咎めないで、
むしろほほえましく?見ている、という場面もよく見られる。
子どもたちも、「悪気」がある場合ばかりではなく、
まさに屈託なく節度ない言動を繰り返す。
自分の中に行動基準がないのだ。
「子どもを怒鳴る」という親や教師の行動への
賛否が問われることがある。
昨今は「怒鳴る」ということは、
教育法として評判が悪いようだが、
価値としては中位だ。
怒鳴った結果、子どもの中に
価値基準が内面化されたかどうかだけが問題で、
表面的な「怒鳴る」も「優しく諭す」も同列、
手段の違いで優劣はない。
しかし、いずれにせよ子どもに
自ら節度を保てるように指導するのは
一朝一夕にはいかない大事業だ。
根気のいる指導なのだ。
そこでイメージの力を借りる。
そういう子は「自分で線を引く」ということができない。
この辺まではいい。
ここからはアウトというのが自分で線引きができない。
だからいつも誰か他の人に引いてもらって、
ガツンと言われなきゃはみ出てしまう。
世の中に、線は引かれていないけど、
いろんなことに出てはいけない線はある。
たとえば、「授業中に変な音を立てる」「地下鉄で暴れる」
「レストランで騒ぐ」
……などなど、全部「一線」を越えている。
しかし、これも自分で線が引けない人がいるということだ。
小さい子は仕方ない。
そこで叱られてだんだん自分で、
こういうときはこの辺が線なんだなと学んでいる最中だから。
でも、高学年になってもそれじゃ、
幼児と変わらないってことになる。
自分の言動については、「自分で線を引ける」のが高学年だ。
そして、それが「自律」ということ。
この話をした後は、折に触れ、子どもの言動に対し、
「今のは線ギリギリだぞ」とか
「おい、今のは線越えてないか?」
というだけで「自律」への意識を強化していけるとともに、
言動の「線」について、
集団でのコンセンサスを図っていくことも可能となる。
もちろん家庭でも同様ですね。
エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

