『復讐しない』

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斎藤一人

私たちはさまざまな出来事を通して学びを得ます。その中でもっとも大きいのは“お金”と“人間関係”からの学びです。人間関係とは、親子や夫婦、会社の上司や部下、同僚とさまざまですが、「自分自身との関係」も含みます。

神は“自己犠牲”を嫌います。「私はいいから、あなたが幸せになって」じゃなくて、まずは自分が幸せになって、その幸せをできる範囲で周りに配っていけばいいんだよね。それが神の望みでもあるの。それと、「自分さえ良ければ」というのも自分を大切にしていないことだよね。人によっては「自分さえ良ければ、他人に迷惑をかけても関係ない」と思うかもしれないけれど、他人に迷惑をかければ必ずその報いは自分が受けます。だから結局、それも自分を大切にしていないのと同じことなんです。

また、相手に悪口を言われたり、イヤなことをされたりしたら、その人に「仕返しをしよう」とする、これもいけません。誰かがあなたの悪口を言ったら、その報いを受けるのはその言った人なんです。
“報い”とはいいことをすればいいことで報われて、悪いことをすれば悪いことで報われることを言います。「復讐するのは神の仕事」といって、その報いは神様がちゃんとやってくれることだから、あなたが勝手にその人に報いを与えちゃダメなの。だいたい、人の悪口って言った方が負けだからね。言い続けている人は大負けなの。それをあなたまでその人につられて相手の悪口を言ったら、自分の運勢まで悪くなっちゃうんだよ。だから、私たちができることっていうのはね、「相手を黙らせる」ことではありません。「相手が悪口を言っても、自分は言わないようにする」ことがほんとうの真理なんだよね。

私たち人間は完璧じゃないから間違えることだってあります。そこで成長できる人が、「間違ったときに謝れる人」なんだよ。「謝るとかっこ悪い」と思うかもしれないけれど、謝らない人、または謝れない人の方が、よっぽどかっこ悪いよね。謝れない人って我が強いんです。我が強いっていうことは、それだけ魂に汚れがついてるってことなの。それで私たちはみんな、その汚れを落とすために生まれてきているからね。

「復讐するのは神の仕事」というのは、聖書の中の言葉で、「復讐は私の仕事、私が報復する、と主は言われた」からきている。そして、人間による「目には目を、歯には歯を」という報復を戒めている。報復は報復の連鎖が続く。いつまでたっても終わりのない無限ループに陥ってしまう。
他人の悪口を言ったら、その報いは言った人が受ける。同様に、お金の悪口を言ったら、その報いは自分が受ける。お金持ちの人をうらやんだり、思わぬお金が入った人の悪口を言うようなことだ。どんなひどい仕打ちを受けても…仕返しをしようとしてはいけない。

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