『リクルートのDNA』

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リクルート創業者、江副浩正

起業家は、起業するとき「こんな事業をしたい」「こんな会社にしたい」という夢や理想を必ず抱く。親しい仲間と立ち上げる場合も同じで、全員が同じ方向を向いている。しかし、1年経ち、2年経ちすると、考え方が違ってくるケースもある。急成長したベンチャー企業が突然低迷するのも案外この“理想のベクトル”が一つではなくなったことがあるのかもしれない。
経営者にカリスマ性があれば、その人間的な魅力や個性によって社員はその人についていくが、一度ベクトルがずれると、なかなか元の軌道には戻らない。

私はそもそもシャイな性格で、カリスマ性はない。人前で話すことも苦手だった。社員の前で話すときは前日から準備して臨んだが、専務の森村稔は私にしばしば忠告した。
「ドラッカーはこう言っているとか、松下幸之助語録にこうあるといった、他人の説を引用した話や新聞記事を引用した話が多く迫力がない。また、状況説明的な話が多すぎる。“僕はこう考えている”“リクルートをこんな会社にしたい”“みんなこうしてほしい”という経営者自らのメッセージを強く打ち出さないと、力強さに欠ける」

そういわれても、私は自分のメッセージがなかなか出せなかった。それは、リクルート創業期の私が克服しなければならない弱点でもあったのである。そのためもあって、リクルートでは私の思いや経営に対するスタンスについては「社是」あるいは「心得」などとして文章にし、それを社員教育に教材にした。それが結果的にリクルートに共同体意識を醸成し、独特の企業風土や企業文化が形成されたように思う。

リクルートについて、外部の人たちの多くは「自由闊達(かったつ)」というイメージを持っておられるようだ。事実大半の社員は、風通しの良い、何でも自由に発言できる会社であると思っている。

社是と社訓は私が草案を書いた。それをもとにじっくりT会議(泊りがけの取締役会)で議論を重ね、森村稔に補筆してもらった。こうしてつくったのが、次の「経営の三原則」である。
《経営の三原則》
1. 社会への貢献
2. 個人の尊重
3. 商業的合理性の追求
「社会への貢献」とは、これまでにない新しいサービスを提供して、社会の役に立つこと。リクルートの目標として掲げた。だから「新しいサービスがどんなに儲かる事業であっても、社会に貢献できない事業ならば、リクルートは行わない」とした。
「個人の尊重」は、人はそれぞれに違いがある。得意なことと不得意なこととがある。その違いを積極的に認め、各人が得意なことを組織に提供しあって大きな成果を上げていくことを目指す。もっとも、多くの場合、人はやりたいことと、できることとは違う。自分が思っている自分と、人が見る自分とも異なる。単純に個人を尊重するのではなく、そのギャップは埋めなければならない。そのために、自己申告制度やR0Dなどのプログラムを導入した。
「商業的合理性の追求」は、松下幸之助語録に「利益を上げ税を納めるのが国家への貢献」とある。これを教訓とし、リクルートも「仕事の生産性を上げ、仕事のスピードを高め、高収益会社にして税金を納めることがリクルートの誇り」とした。

企業が収益を上げるには、
1. 質の高いサービスを提供する
2. モノ・サービスをスピーディーに提供する
3. コストを下げて顧客への価格を下げる
という三つの方法がある。
リクルートでは、このうち1と2に重きを置いた。仕事はできるかぎり外部の一流アートディレクター、デザイナー、一流のライター、一流のカメラマンに依頼し、経費節約には関心が低かった。情報の価値は時間の経過とともに下がる。原稿用紙を節約するよりスピードを大切にしたのである。

社是と同時に社訓も決めた。私は高校の漢文の時間に出会った言葉、易経の「窮すれば変じ、変ずれば通じ、通ずれば久し」を人生の指針の一つにしていた。その言葉をもっと積極的に表現したのが、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
私が考え、これを社訓にしてはどうかと提案すると、みんなも賛同してくれた。

リクルートほど、各界、各分野の経営者やリーダーを輩出している企業はない。それは、「社員皆経営者主義」を掲げているからだ。資源小国の日本が世界の荒波の中で生き延びるには、新しい産業がいくつも生まれることが必要だ。
そして、「起業家精神」こそが、経済を活性化させ、日本経済を復興する。

大事なことは、どんなに個人を尊重し、社内が自由闊達であっても、会社の方向性というベクトルだけは合っていなければならない。もし方向性が間違っている人がいたら、その人にパワーがあればあるほど、能力があればあるほど、会社の進む方向とは真逆に進み、最悪の場合、会社は倒産に至るからだ。

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」起業家精神を旺盛に発揮し、自ら機会を創り出そう。

エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

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