『こころのチキンスープ』

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ジャック・キャンフィールド

メアリーは5歳の患者。
台車に載せた彼女を、MRI(磁気共鳴装置)の検査室に
運びながら、この子は今どんな思いでいるのだろうと思った。

メアリーは卒中で倒れて半身不随となり、
脳腫瘍の治療のために病院生活を送ってきた。
そのうえ、最近父親を、続いて母親を亡くし、
帰る家もなくなってしまった。

そんなメアリーがこの検査をいやがるのではないかと、
私たち医療スタッフは気がかりだった。
MRIの装置の中に、メアリーは文句も言わず、
素直に入れられた。

検査が始まった。
初めの5分間、患者は完全に静止していなくてはならない。
これは、誰にとってもかなり苦痛だ。
とりわけ不幸の連続だった5歳の幼い少女にとっては。
撮らなくてはならないのは、頭脳の画像だった。
だから、どんなにわずかでも、喋ったりして顔が動くと
画像がブレてしまう。

2分たった。
と、モニターにメアリーの口が動いているのが映った。
何かモゴモゴと喋っているのも聞こえてくる。
スタッフは検査を中止し、メアリーに優しく注意した。
「メアリー、いい子だから、お喋りやめましょうね」
メアリーは微笑むと、二度とお喋りしないと約束してくれた。

スタッフはふたたび装置を作動させ、初めからやり直した。
ところが、また顔が動いている。
声もかすかに聞こえる。
なにを言っているのかは分からないが、皆イライラしてきた。
ほかの患者も待っている。
メアリーのために、予定をやりくりして検査しているのだ。

私たちは検査室に入っていき、メアリーを装置から出した。
メアリーはいつものひしゃげたような笑顔で私たちを観たが、
いっこうに悪びれた様子がない。

検査技師はやや不機嫌になって言った。
「メアリー、またお喋りしていたね。
お喋りすると画像がブレちゃうんだよ」
メアリーは笑顔のまま、答えた。

「お喋りなんかしてないわ。歌ってたの。
お喋りしちゃダメっていうから」
私たちはあっけにとられた。

「それ、どういうこと?」スタッフの一人が尋ねた。
「“主われを愛す”」蚊の泣くような声だった。
「幸せなときは、いつもこの歌を歌うの」
検査室の誰もが言葉を失った。

幸せ?
まさか?
どうしてこの幼い少女が幸せだなって言うのだろう?
検査技師と私は、思わず涙ぐんでしまい、
涙を見せまいとしていったん部屋を出た。

それ以来、私は気持ちが滅入ったり、落ち込んだりするたび、
メアリーのことを思い浮かべるようになった。
メアリーのことを思えば、謙虚になれる。
そして勇気が湧いてくる。

逆境にあっても幸せを感じ取る心こそ、
神からの贈り物なのだ。
進んで受け取る気持ちさえあれば、
誰にだって与えられる贈り物なのだから。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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