「ことばの選び方」

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「姑が、昨夜とうとう息を引き取りました」は大丈夫だが、
「姑が、昨夜やっと息を引き取りました」はまずい。

満員電車で「女性の体にふれる」のは大丈夫だが、
「女性の体をさわる」のは大問題。

さて、これらの違いは一体なぜ起こるのでしょうか?

われわれ日本人がじつはよくわかっていない
「ことばの選び方」のポイント、それぞれの言葉の成り立ち、
本来の意味などを紹介。

「かど」と「すみ」はどう違う?
外からみると「かど」 内からみると「すみ」

「煮る」は水分が料理の一部になるのが普通だが、
「ゆでる」は水を捨てることにある

よく使われていながら、きわめて誤用が多いのが
「役不足」ということば。
「役不足」は、自分に与えられた役職や役柄が、
自分の能力よりも不足しているという意味。
謙遜したければ、「力不足ではありますが」と言うべき

「うがった見方」というのは、
本来「ものごとを深く掘り下げて本質をつかんだ見方」
という意味で使われてきた

弁当に入っている魚型の醤油入れの名前は?=「たれびん」

「道」という字は、なぜしんにょうの上に
「首」が乗っているの?
古代中国では、道というのは邪悪なものが行き来するところと
考えられていたために、
異民族の「首」を手に持ったり道に埋めたりして、
はらい清めたところから、こうした字になった

「柿」(こけら)とは材木を削ったくずのこと。
建物の工事の最後に、屋根の削り屑を払い落としたことから、
初興行を「?落とし」というようになった

「取」は、なぜ「耳」に「又」と書く?
「又」の部分は、もともと右手を表していた。
つまり、右手で人間や動物の左耳をちぎり取っている
様子を示す象形文字。
古代中国の習慣で、戦いで討ち取った相手や捕らえた
動物の左耳を取って数を記録することからきている。
日本にも同様の習慣があって、
「耳塚」はそうした耳を供養したもの

「魚貝」じゃなくて、なぜ「魚介」と書くの?
「介」という字は、前後によろいをまとった人の様子を表す
象形文字。
そこから、エビやカニなどの甲殻類を指すようになった
「魚貝」では、甲殻類やウニが含まれなくなってしまう

「蘊(薀)」は「積む、たくわえる」という意味、
「蓄」も「たくわえる」を意味する。
この2つが組み合わさった「蘊蓄」という熟語もまた、
「たくわえる」という意味で古くから使われていた。
日本でも「たくわえる」の意味で使われていたが、
やがて「研究して蓄えた知識」を
もっぱら意味するようになり、
その知識や教養を周囲の人に示すことを
「薀蓄を傾ける」というようになった。
「蘊蓄を垂れる」「蘊蓄をひけらかす」などの表現は、本来誤用

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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