『“すごい”人たち』

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みやざき中央新聞 魂の編集長、水谷もりひと

〇32歳のその女性は実家に帰省するため、1歳の幼子を連れて新幹線に乗った。自由席の車両に乗り込んだが、車内は満席だった。リュックを背負い、スーツケースを持ち、さらに子供を抱いていた。女性はデッキに座り込んだ。
そんな彼女に「こっちにいらっしゃい」と声をかけた女性がいた。案内されたのはグリーン車だった。「ここに座って」と言って、切符を交換し、その人はデッキに立った。実家に着いて女性は車内での出来事を母親に話した。
その3か月後のことである。今度はその女性の母親が上京するため、新幹線に乗った。自由席の車内に乗り込むと、席が一つしか空いてなかった。後からベビーカーを押す若い女性が乗り込んできた。
女性の母親はためらうことなく、その若い女性を手招きして、一つしかない席に座らせた。「娘が受けたご恩を少しお返しできた」と思った。

〇こんなエピソードもある。とある病院に入院していた70代の女性の話だ。ちょうど花見の時期だった。ある日、嫁に行ったお孫さんがひ孫を連れてお見舞いに来た。お孫さんの手には桜の枝が挿してある花瓶があった。自宅の庭に咲いていたのを少し切って持ってきたという。女性はベッドの上から花見をしながら、孫の優しい気持ちをしみじみと感じた。
次の日、病室に入ってきた若い看護師が、こんな頼みごとをした。「その桜を貸してくださいませんか?」訳を聞くと、「ほかの部屋の患者さんにも見せてあげたいと思いまして…」女性は「そうだ、この病院には私のほかにも桜の花を見られない人がたくさんいるんだ。それなのに自分だけが喜んで…恥ずかしい」しばらくして看護師が戻ってきて言った。「皆さん、喜んでくれましたよ」同じフロアの病室を訪ねて、お一人お一人に花瓶の桜を見せて回ったそうだ。忙しさの合間を縫ってこんな気配りをしてくれる看護師がいたことに、女性は胸が熱くなった。
中日新聞の愛知県内版で毎週日曜日に掲載されている人気コラム『ほろほろ通信』には、こんな心温まる話が掲載されている。「ほろほろ」とは、花びらや葉っぱ、そして涙が静かに零(こぼ)れ落ちる様のことをいう。たくさんの人たちの感動する話に出合ってきて、志賀内さん(執筆者)は「いい話の法則」を見つけた。人が忘れられない感動の出合いをするとき、人間っていいなぁって思うとき、それは決まってピンチに遭遇したときだ。人生のピンチのときに天使が現れるというのだ。

〇40代の男性にはこんな思い出がある。幼稚園の頃、母親を亡くし、父親と二人で暮らしていた。それを見かねた隣の奥さんが毎朝弁当を届けてくれるようになった。大人になって父親からその話を聞いた。食費の代金を持って行っても「主人と息子の弁当のついでに作っているだけだから」と絶対に受け取らなかったという。男性はこの話を投稿した。
「あの時のお礼がしたい。ご健在だったら連絡してください」と書き添えた。後日、「ほろほろ通信を読みました。私のことだと思いました。あの子が立派に成長していること、お弁当のことを忘れないでいてくれたことを知って涙が溢れました」というお便りが志賀内さんのもとに届き、翌週の紙面に掲載された。

誰の人生にもピンチは訪れる。そして誰の人生にも天使が舞い降りる。こんな話が本当の「情」報なんだろうなぁ。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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