『江戸を造った男』

Pocket

伊東潤


明暦大火の材木買付で財を成し、その後日本列島海運航路の開発、大坂・淀川治水工事などを成し遂げた、江戸の都市計画・日本大改造の総指揮者、河村瑞賢を主人公に描いた、長編時代小説。


──わいも、もう四十か。齢四十に達し、人の一生というのは竹と同じように節目があることを、七兵衛は覚っていた。節目で訪れる転機を知り、新たな流れに乗っていくことで、人生は大きく違ってくる
──福島と上松の間の行き来は、冬の間、途絶していると聞く。逆に考えれば、それは江戸の大火が伝わっていないことを意味する。皆があきらめることなら、そこに付け入る隙が生まれる。
──中山道を通って木曾に行こう


(保科)正之によると、当初、清盛や信長も敵を斃して、その富を奪って自分の富を増やそうとした。しかし他人の富を奪うよりも、そこにはない富を生み出せばよいことに気づいた。「そこにはない富──」
「そうだ。人の富を奪ったところで高が知れている。それなら、より大きな富を作り出せばよい。
それが清盛の日宋貿易であり、信長の南蛮貿易というわけだ」
──そうか。商いとは人のしないことをし、人の望む物を望む形で供することなのだ


七兵衛の商いは、何かを売りたい商人に売り子をまとめて貸したり、壁土を加工する職人を養成し、現場に派遣したりするものに変貌していった。その行きつく先は、かつて小僧として学んだ口入屋だった


──何かをやろうとする時、必ず頭をもたげるのは「そいつは無理だな」という思いだ。さしたる理由がなくても、人は「無理だ」と思い込むことが多い。
──それを取り払えば、自ずと答えは出てくる
人というのは厳しく締め付けるだけでは、前向きにはなれない。しかし些細なことでも役得があれば懸命に働く。七兵衛は、そうした気持ちをよく心得ていた
七兵衛のような立場の者は、幕府の威権を笠に着ていることで傲慢に思われがちである。そこをことさら下手に出ることで、地元の人々から様々な助力が得られる
「江戸の商人というのは、物だけでなく男も売るんだな」
「今日明日、餓え死にする者を救うのは政治の仕事。
来年、飢え死にする者を救うのが、商人の仕事です」

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

Pocket