「キュレーション 知と感性を揺さぶる力」
アートの文脈とは無関係に出版されるほど、
いまキュレーション、キュレーターという言葉が
市民権を得つつある。
選択する、解釈する、構成するという意味では
エディターの仕事に近く、
展覧会を企画し、美術館をつくったり、
アーティストの新作制作に関わったりする点では
プロデューサーに近いともいえる。
一方で文献、フィールドの双方に関わるリサーチャーであり、
ときにアカデミックなテキストから批評テキスト、
そして展覧会の広報印刷物のキャッチコピーまで
考える書き手でもある。
そして展覧会企画の予算から執行の流れをマネジメントする
管理者でもある。
キュレーターの仕事は、視覚芸術を解釈し、
これに添って、芸術を再度プレゼンテーションすること、
これが基本といえる。
世に知られていない生まれたばかりの作品を展示することは、
美術史的に評価の定着した作品を展示することとは、
かなり異なっている。
これには、キュレーターの解釈力や表現力が問われるのだ。
それまでなかった価値観や知覚意識、嗜好(しこう)の生産に
関わることは、社会や経済とも関わることになる。
いい作品はどう判断するのかと、よく聞かれることがある。
長いこと記憶に残っている作品と答えることが多いが、
では若い作家の作品を最初に見たとき、
その場でどう判断するのか。
それは、その作品が視覚の中に「到来する」
「侵入してくる」という以外に表現のしようがない。
それは、視覚的インパクトという表現ではすまない
何かなのである。
こちらの視覚的記憶の蓄積と
そのたびごとに積み重ねてきた解釈や判断の集積により、
経験あるキュレーターの眼はたえず既視感にさらされている。
その既視感ブロックを破って侵入してくる作品は、
そこだけモノクロから総天然色になったときのような
新鮮さがある。
アートのキュレーターとして何が重要かといえば、
この視覚的記憶がすぐれていることであり、
この視覚要素を他のあらゆる事象やロジックと結びつける力、
そして視覚的・感覚的シミュレーション能力だろう。』
キュレーターという仕事は、
美術館や博物館の専門家だけでなく、
今では多くの職業に存在する。
たとえば、店主がセレクトした厳選した本だけを陳列する
本屋さんや、オーナーやカリスマ店員の選んだ洋服や、
雑貨などのショップ。
あるいは、本を自らの好みで選び
それをSNS等で紹介するブックキュレーター。
キュレーションはあらゆるところで行われ、
エバンジェリスト的なキュレーターがいる。
エバンジェリストとは、伝道師のことだが、
IT業界で主に使われ、最新のテクノロジーを
一般の人にわかりやすく伝えたり、解説したり、
啓蒙したりする役割の人だ。
現代はあふれかえる情報の洪水のまっただ中にあり、
その中から自分にとって有益な情報を選び取るのが
難しい時代だ。
キュレーションの力は今後ますます必要とされる。
エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

