人間拡張のテクノロジーに挑んでいる
鬼才、吉藤オリィ
「パラリンピックがいつの日か、オリンピックを超える競技会になる」
人間が拡張の方向に大いに進んでいくだろう、
それを可能にするテクノロジーが次々と登場している。
重度障害で体が動かせなくても、OriHimeを使えば
“社会参加”が可能になる。
周囲とコミュニケーションはとれるし、
会社に毎日いてくれて文章やメールが打てれば
仕事は十分できる。
そして本人も一緒に働いている感覚を得ることができる
この絵では私がつくった「OriHime eye」という
ツールを使っている。
眼だけでPCのカーソルを動かしたり、
文字を入力したりできる装置だ
OriHime-Dを使えば、寝たきり状態の人が
遠隔操作で自分の周囲や離れた場所を移動し、
ものをつかんで運ぶことができる。
たとえば友人を病院の入り口まで迎えに行って
自分の病室に案内するといったことが可能だし、
冷蔵庫を開けて飲み物などを出してあげることもできる。
OriHime-Dを使えば、注文を受けたり飲み物を運んだりなど、
だれかになにかを「してあげる」ことが可能になる。
これを発展させれば、
将来は自分の身体の介護を自分でできる未来が来る
私が装着しているマスクも自作のツールだ。
まだ研究途中だが、タイトルである
「サイボーグ時代」らしさが一番あるので採用された。
将来的にはこのマスクにもOriHime eyeを内蔵し、
片目を常時インターネット世界に接続させるような
構想を持っており、研究中だ
人は高齢化や病気、ケガなどで、
いままで「できた」ことができなくなっていくとき、
絶望にも近い悲しみや将来への不安を覚える。
しかし「できない」と思っていたことが
「できる」に変わった瞬間、
未来に対して希望を持つことができる
私が改めて提唱するのが、「サイボーグ的に生きる」である。
これは、自分の能力、意識を時代に合わせ、
つねにアップデートさせる生き方だ
これまでの時代は
「年長者が年下に教えているのが当たり前」だったが、
価値観が多様化した社会においては
「年長者が年下の人間に教えを請うのがスタンダードな時代」になる。
いわば「逆年功序列社会」だ
テクノロジーの発達が万能人間を不要にしつつある
◆できることを見つける4つの方法
1.「なりたい」じゃなくて「やりたい」を目指す
2.夢中になれることを探す
3.興味を発見できるコミュニティへ所属する
4.興味を削ぐコミュニティ・人からエスケープする
テクノロジーが発達すれば、そうした身体的な
特徴(長)はある程度、可変的なものになる。
つまり将来、人間の体はコモディティ化する
肉体や能力の差が実質的になくなっていくことで、
その点で人を比べることもなくなっていくということだ。
そうなったとき、なにが重要になるか?
それは、「意欲があるか」
「好きなこと、やりたいことは明確か」
「最後までやりぬく気概があるか」
これからの時代は肉体にしろ、精神にしろ、
「欠落がある人」の時代だということ。
なぜなら、欠落がある人ほど、「意欲」を持っているからです。
意欲がソリューションを求め、学習を促し、
テクノロジーを生み出す。
結果として、そんな人が時代の寵児となる。
エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

