鈴木 喬:エステー取締役会議長兼代表執行役会長(CEO)

■イノベーションは、ハッタリから生まれる

「商品開発や技術開発でイノベーションが必要だ」と

皆が叫んでいる。それは間違っていない。

しかし、メーカーサイドから

イノベーションをやろうと気負うから無理がある。

メーカーサイドのイノベーション感覚と、

お客様サイドからのイノベーション感覚は

まったく違うのだ。

アップルのiPadやiPhoneが

大きなイノベーションとして支持された。

しかし、アップルのやっていることは、

日本の家電メーカーではいくらでもできたことだ。

でもアップルはイノベーターであるのに、

日本の家電メーカーはイノベーターとは評価されない。

その違いはどこにあるのか。

一つは、日本の家電メーカーのイノベーションの“基準”は、

アップルのそれとは、まったく異質なものだった点にある。

日本の技術者たちは、従来にはない画期的な技術こそ

イノベイティブだと考えている。

しかしアップルは、たとえアナログな技術でも

「これを使うと、こんな面白いことができるよね」と

考えて製品を創る。

それは日本の家電メーカーの技術者たちにしてみれば

子どもの技術工作みたいなものとバカにするが、

アップルは全然気にしない。

なぜなら彼らの関心は技術の革新ではなく、

「それをどう使えば人生が楽しくなるか」に

興味があるからだ。

イノベーションの意味が、まったく違うのだ。

こうしたイノベーションは、

はっきりと言ってしまえばパクリだ。

古臭い技術を使って

自分たちが使いたいものを使いやすいようにつくり、

そこに新たな喜び、心理的な満足感があれば、

それはイノベーションだ。

とするならば、今までホームセンターだけで

売られていたものが街中のドラッグストアでも買えたら。

それもすごいイノベーションだ。

なぜなら郊外型のホームセンターに足を運ばなくても

街の中のドラッグストアで買えるようになるのだから。

日本で売られている商品を中国でも売れる、

買ってもらえるようにする。

これも、ものすごいイノベーションだ。

だって誰も、まだ取り組んでいないのだから。

そういうイノベーションで良いのだ。

つまり、今の日本企業は、イノベーションの垣根を

勝手に高くしているだけだ。

しかもイノベーションは、技術世界だけの話だと思っている。

だが、お客さまがイノベーションだと思えば、

それは紛れもないイノベーションなのだ。

もっと踏み込めば、自分で「イノベーションだ」と

言い張れば、それもイノベーションになる。

例えば「アマゾンはすごい。イノベイティブだ」と

誰もが言う。

だが、アマゾンの仕組み自体は、きわめてシンプルで、

ごく当たり前のものだ。

大きな倉庫を構えて品揃えを完備する。

こんな簡単なビジネスモデルは誰にもできる。

しかし、在庫リスクを抱えながらも

即日配送などの仕組みを創りあげ、

何年も無配でも投資家を納得させられるだけの

将来性を示せる。

その上、自らを「イノベイティブだ」と

言い切る自信がある。

アマゾンはドローンも飛ばすと言う。

まだ現実にもなっていないのに、

「アマゾンは新たなイノベーションを生み出した」と

評価される。

だが私に言わせれば、「吹いた者勝ち」だ。

イノベーションとは、ハッタリをかまし、

それに挑戦することなのだ。

一方の経営者は、「ウチの会社の人たちは能力がない。

イノベイティブではない」と嘆くが、

私から言わせれば、「できていないのはアンタだよ」と思う。

嘘っぱちでもいいから「これがイノベーションだ」と

社内と世の中に言い切れば、社員は喜ぶ。

それがダメなら世の中から叩かれるが、

「おい、何か足りなかったようだぞ」と考えればいいし、

支持されれば「お客さんが考えるイノベーションとは

こういうことだったのか」と、

いずれにしても賢くなる。

そこにホラを吹く効用がある。

今の日本企業は、トップのハッタリが少なすぎる。

マイクロソフトだってフェイスブックだって、

その本来的な技術は、名もなき人間が開発したものであり、

それをパクったり買収したりして「自分の技術だ」と

言っているだけだ。

生きるためにはパクれるものはパクればよいし、

本当の勝負は「お客様がイノベーションと

感じてくれるかどうか」だ。

だから僕は、「ものづくり」という言葉が嫌いだ。

ものづくりではなくて「お客様づくり」であり、

お客様にとってイノベーションであれば、

技術の巧拙に終始するような

イノベーション論はいらないのだ。

エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より