■《自分が一番トクしたなと思うのはね、
不器量と言うか、不細工だったことなんですよ》
自分で一番トクしたなと思うのはね、
言葉で言うと、
不器量というか、不細工だったことなんですよ。
私は普通だと思っているんだけども、
他人(ひと)がそういうふうに見るから、
ああ、そうなんだなあと思って見ているうちに、
器量良しばっかり集まる芸能界に入っちゃったんですよ。
今でこそ、役の広がりが出てきましたけど、
昔はお手伝いさんまでも、
器量良しがやったわけですからね。
ま、自分が不器量だということに
早めに気がつかされちゃってね。
それでね、案外自分としては、
男を見誤らないできたという確信があるんですよ。
要するに、見誤らないというのは、
自分がこうだと思ったとおりすることなんです。
それを選ぶか選ばないかは、自分の縁ですからね。
だから、不器量であるために、
他人が私に関心を寄せないから、
こっちが自由に人を判断できる。
今日まで、いろんな男の人との出会いがあって、
中には、うーん、ねえっていうのもありますけれど、
それも含めて納得しているんですね。
不器量のトクな点だなあと。
■《人間でも一回、ダメになった人が好きなんです》
私は物を消費することに真実はないと思っていますからね。
だから私は人間でも一回、ダメになった人が好きなんですね。
消費されてダメになっても捨てない。
たとえば事件に巻き込まれてダメになった人というと
言葉はおかしいけれども、
一回ある意味の底辺を見たというのかな。
そういう人は痛みを知っているんですね。
だから、いろんな話ができると同時に
またそこから変化できるんです。
■《人生なんて自分の思い描いた通りにならなくて当たり前》
私自身は、人生を嘆いたリ、幸せについて
おおげさに考えることは無いんです。
いつも「人生、上出来だわ」と思っていて、
物事がうまくいかないときは「
自分が未熟だったのよ」でお終い。
こんなはずでは…というのは、自分が目指していたもの、
思い描いていた幸せとは違うから生まれる感情ですよね。
でも、その目標が、自分が本当に望んでいるものなのか。
他の人の価値観だったり、
誰かの人生と比べて
ただうらやんでいるだけなのではないか。
一度、自分を見つめ直してみるといいかもしれませんね。
お金や地位や名声もなくて、
傍(はた)からは地味でつまらない人生に見えたとしても、
本人が本当に好きなことができていて
「ああ、幸せだなあ」と思っていれば、
その人の人生はキラキラ輝いていますよ。
■《アンチエイジングというのもどうかと思います》
人間は50代くらいから、踏み迷う時期になるでしょ。
若いままでいるのは難しい。
だからといって、アンチエイジングというのも
どうかと思います。
年齢に沿って生きていく、
その生き方を、自分で見つけていくしかないでしょう。
100歳まで長生きしたいという風潮も、どうなのかしらねえ。
自分が楽しむためなのだろうか、と考えちゃいますね。
以前、年配者が近くの公園に保育園が建設されると
騒がしいから反対している、
というテレビ番組を見たことがあって、
子どもの声がして楽しいのではなく、
うるさいと思うなんてと驚きました。
そういう高齢者はきっと、まだまだエネルギーも十分あって、
自分たちの側から世の中を見ているのでしょうね。
それはそれですばらしいけれど、
大人として成熟していないとも言えます。
子どもの声を楽しいと思わないなんて、
いつから日本はこんな国になったのかなあ、淋しいなあ。
■「求めすぎない。欲なんてきりなくあるんですから」
『歳をとって妙に頑張っているのは、
若い人から見るとかわいそうだったり、
醜かったりするかもしれませんが、
自分の始末は自分でするという日常生活は、
出来る限りやった方ががいいと思います。
私ごとですが、仕事の現場には
自分で車を運転して行きますし、
都内なら山手線やバスを乗り継いで出かけます。
年とって病気してからは、みんなが心配するんですが、
一人で行動する方がずっと楽です。
ダメなときは
「すみません」って言えればいいのではないでしょうか。
年をとってパワーがなくなる。
病気になる。
言葉で言うといやらしいけど、これは神の賜物(たまもの)、
贈りものだと思います。
終わりが見えてくるという安心感があります。
年を取ったら、みんなもっと楽に
生きたらいいんじゃないですか。
求めすぎない。
欲なんてきりなくあるんですから。
足るを知るではないけれど、
自分の身の丈にあったレベルで、そ
のくらいでよしとするのも人生です。』
『おごらず、他人と比べず、
面白がって、平気に生きればいい』
エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

