「 禅の文化」 330140
心を形にする。
自分が修行を通して会得したモノを、
形とか空間に置き換えて表現しようとしたのが
禅文化だ。
それが、お客様をもてなすという表現に発展して
茶の湯など、いろいろなモノに発展していった。
禅僧の書、絵、庭だけでなく、
いろいろなモノに、禅が影響を与えて行った。
剣道、書道、柔道、いろいろな道が付いている。
茶の湯も茶道。
これらは、禅と結びつけた時に、
それを通して、生き様を極めて行くという
文化に花開いて行く。昇華したのです。
桝野俊明特集8
競争からちょっと離れると、人生はうまくいく
私は「白黒をつけない、グレーゾーン」を大切にする
生き方をおすすめしたい。
白、あるいは黒という、
極端な一方に偏らない姿勢でいなさい、
というのがお釈迦様が説かれた中道ですが、
現代流に言い換えると、
自分を主張して相手を組み伏せるのではなく、
お互いが成り立つような着地点を見つけなさい、
ということになります。
「自分」をあくまで押し通せば、
「相手」を否定することになる。
そうではなくて、自分の顔も立ち、
相手の顔も立つような道を探っていこう、ということ。
「なんだ、物事を曖昧(あいまい)にしろってこと?」
そんな反論が出そうですが、
「曖昧さ」というのは、じつは賢く生きる知恵なのです。
物事にはっきり白か、黒かをつけるのではなく、
曖昧にするということは、「多様性」を認めるということです。
多様性とは、豊かさと同義です。
人はそれぞれ、さまざまな考え方や、
いろいろな価値観を持っています。
自分の考え方、価値観だけが正しくて、
それ以外は間違っている、という生き方をしたら、
必ず軋轢(あつれき)が生まれます。
そして、そこに苦しみが生じる。
これは、「自分のいっていることが正しい」
「あの人のいっていることは間違っている」と
二者択一で物事をとらえることをやめなさい、という意味。
どちらが善か悪か、白か黒か、得か損か…という
こだわりを忘れなさい、ということです。
自分とは違うが、相手も受け入れていこう、というのが
多様性を認める、ということです。
そのほうがずっとのびやかに、心豊かに穏やかに生きられる、
とは思いませんか?
ビジネスの世界でも「この条件は一歩も譲れない」
という姿勢で臨んだら、
まとまる話しもまとまらなくなります。
相手との関係もギスギスしたものにならざるを得ないでしょう。
その場はそれで押し切っても、
“煮え湯”を飲まされた相手は
もう二度とこちらとビジネスをしたいとは考えません。
やはり、お互いに譲るべきは譲って、
どちらも受け入れられる「落としどころ」を見つけるのが、
ビジネススキルでもあり、ビジネスセンスでもあるのです。
そんな日本人的な手法は
グローバル化がどんどん加速する中では通用しない、
という意見もあるでしょう。
しかし、私は、日本人流に立ち戻るところにこそ、
ビジネスチャンスはあると思っています。
なにも不得手なグローバル流で勝負することはない。
得手を全面に押し出していけばいいのです。
禅に「不戯論(ふけろん)」という言葉があります。
これは、自分にとっても相手にとっても
利益のない議論をしてはいけない、ということ。
お互いに「自分が、自分が」と、
相手を忖度(そんたく)せず話し合っていると、
結局どとらも損をするのです。
考えてみれば、最近よく言われる「Win-Win」とは、
敗者をつくらないということ。
まさしく日本人流ではありませんか?
「大人になるということは、
曖昧さを受け入れる能力を持つということである」
(フロイト・精神分析学者)
エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

