人は、「他人の海」で生きなければならないから、
ストレスや葛藤があって当然。
感情は、どうしても揺れたり乱れたりしてしまう。
大事なのは、その波に巻き込まれたり、
流されたりしないようにすること。
つまり、感情が「心」という器から
こぼれなければいい。
■「不動心」
何があっても岩のように動かない心のことでも、
まったく波立たない水面のように静かな心のことでもない。
生きているうちは、そんな心を持つのは無理な話。
喜怒哀楽がなければ、死んでいるのと同じだから。
不動心とは、揺れてもいいがこぼれない心のこと。
ヤジロベエのようにゆらゆら動いたとしても、
軸は一点に定まっている心のこと。
ヤジロベエは大きく揺れても、
台から落ちない。
不測の事態に動揺したり、理不尽な目に遭って
怒りがこみ上げたりしても、しなやかに揺れて、
またスッと元に戻る。
それは、平均台の上をバランスをとりながら
歩くような感覚に近い。
自分が決めた道から外れなければいいのだから、
その間でなら、揺れてもまったくかまわない。
感情に翻弄されるのは、
根本的に認識を誤っているからだ。
感情の問題の十中八九は、ものの考え方と見方の問題。
事態を正しく認識していれば、いったん感情が乱れても
それに翻弄されることはない。
感情の波に飲み込まれているときは、
自分の中の何かが判断を誤らせている。
認識を誤らせるのは、
自分の立場やプライドを守りたいという気持ち。
あるいは、ひとつの観念に執着している。
それをあらわにするには、
いったんテクニカルに感情を止めればいい。
感情の流れをいったん遮断するテクニックを知っていれば、
ヤジロベエのように揺れても戻る不動心を培うことが可能だ。
■「感情の流れをいったん遮断するテクニック」
『頭で渦巻いている感情や思考は、
自分の意思では止まらない。
感情や思考の動きを鎮静化させ、
意識の方向を切り換えるためには、
体のほうから感情をコントロールするテクニックが必要だ。
僧侶としては、まず座禅を薦める。
日常生活の中で思考や感情をいったん遮断して、
クールダウンする気軽なやり方もある。
感情からいったん降りて、「平場」に戻す方法だ。
たとえば、散歩する、昔の愛読書を読む、
お茶をじっくり味わう。
食事をひとりで味わって食べる、
肌の感覚に意識を向けながらお風呂に入る。
そういったことを行うと、思考や感情の揺れ静まる。
草むしりや雪かきなどの単純労働も役立つ。
単純な肉体労働を繰り返すと感情の起伏が収まり、
クールダウンしやすい』
喜怒哀楽を表に出さないのが出来た人間であり、
悟った人間だと思う人がいるが、
それではただのロボットと変わらない。
仏にも、ふつふつとたぎるような熱情がある。
冷めている人間はサタンだと行徳師は言っておられる。
感情の流れをいったん遮断するテクニックを
身につける。
エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より

