人生相談家、気楽(きらく)


全国、どこの神社に行ってもおみくじはあるが、
伊勢神宮にはおみくじが無い。

それがなぜか?
答えは、「伊勢神宮を参拝できた人は皆、大吉」だから。
“伊勢神宮に参拝できた人”とは、“伊勢神宮に呼ばれた人”。
呼ばれないと伊勢神宮には参拝できない。
伊勢神宮に呼ばれ、お参りできただけでも、その方は“大吉”なのですね。

おみくじは、楽しんで引く分にはいいが、その結果に一喜一憂したり、
悪い結果が出たからといって落ち込んではいけない。
おみくじで自分の運を“ためす”よりも、
運は自分で“開き”いくらでも、“良くする”ことができるからだ。

たとえば、朝、家を出るときに靴のひもが切れた。
「ツイてない」とか、「不吉だ」と思うと、朝から一日、憂鬱な気分になる。
それよりも、「出るときでよかった。
これが外出先だったら大変だった。ツイてる」と思えば、
気分を害することもない。
また、駅に行く途中で頭に鳥のフンがポタリ!
「汚いなぁ、なんてツイてないんだ」と思うところを、
「落ちてきたのが石だったら大ケガしているところだ。ツイてる」と言って、
これで“運”がついたと思うことができれば、
何かいいことが起こりそうな気もしてくる。

だからとにかく、気持ちだけでも落とさずにいたほうが絶対にいいことがある。
結局、「運がいい」とか、「ツイてる」というのは、考え方次第。
起きる事実は同じでも、「ツイてない」と思う心は、
また「ツイてない」という事実を呼び寄せる。
反対に、「ツイてる」と言っていると、
また「ツイてる」と言いたくなるような事実を呼び寄せる。
これがまさに、「引き寄せの法則」。

物事には、必ず良い面と悪い面がある。片方の面だけで判断してはいけない。
大切なのは全体をとらえること。そして、全体に感謝すること。
「大好きな人にフラれた」という悲しい事実の裏側には、
「もっとステキな人と出会えるかもしれない」という楽しい事実がある。
「大好きな人と出会い、結ばれた」という幸せな事実の裏側には、
「いつの日か、死か別れのときがくる」という辛い事実がある。
だから、その片面だけを見て喜んだり悲しんだりするのではなく、
そのことすべてに感謝する。

そして喜ぶべきことも、悲しむべきことも、すべて受け入れることが
大事なのだ。
「不幸や悲劇が存在しないかわり、幸せも存在しない。
あるのは、目の前の現象を、幸せと思う心で見るか、
不幸や悲劇と思う心で見るか、だけ」。


病気になったり、ケガをしてしまったとき、
「なんで自分ばかりこうなるのか、なんて不運なんだ」、と思う人と、
「この程度で済んでよかった、ラッキーだ」、と思う人がいる。
病気やケガという状況は変わらないのに、
人によって見方や考え方、捉え方がまるで違う。
病気も、困難も、失敗も、災難も、見方によって180度変わってくる。


松下幸之助さんが若いころ、船から海に落ちてしまったことがあった。
後年それについて、「わしは運が強かった。もし冬の寒い時であったらたぶん助からなかった。
夏の日に落ちて幸運だった。わしは運が強かった。
さらに船長がすぐに気がついて引き返してくれたので助かった。わしは運が強い」と言われた。

「運が強い」というのは、「ありがたい」と感謝するのと同じ。
だから、いいことも、悪い(と思われる)ことにも、感謝する。
不幸や悲劇が存在しないかわり、幸せも存在しないのだから。

    エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より