『捨てるべきものは、思い切って』

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辻野晃一郎

日本人は元来、「捨てる」ことが得意だった。
「捨てる」といっても、古いものや過去の蓄積を
やみくもにかなぐり捨てることではない。
よき伝統や習慣をしっかりと踏襲しながら、
不要なものを整理して手放し、
新たな気持ちで心機一転スタートを切るということだ。

だが、そんな「捨てる」ことが上手いはずの日本の様子が、
おかしくなった。
いたるところで、過去の重い遺産を抱え込み、
捨てられないまま新たな一歩を踏み出せず、
身動きがとれなくなってしまって
苦しんでいるように見える。
それを象徴しているのが、
メーカーを中心とする日本の大企業である。

高度経済成長期には文字どおり
日本の経済発展を先頭に立って牽引してきた
優良大企業の多くが、
いまや過去の栄光に縛られて
がんじがらめになってしまっている。

私自身、20年以上にわたってソニーに勤め、
その発展と凋落を目の当たりにした。
だからこそ、「捨てられない」ことが、
企業をどのように蝕んでいくかを
身をもって体験した者として、
「早く捨てて次に進むことを促す」メッセージを
あらためて発信しなければならない。

今後、どんな著名企業、老舗優良企業の
業績悪化のニュースが流れても
不思議ではないくらい、
ここ数年の間にも世の中の競争環境は激変している。
大企業が古い発想やスタイルを捨てられずに苦しむ一方で、
マスコミ、そして多くの日本人もまた、
古い考え方を捨て切れていない。

今後も今までの大企業が日本を引っ張っていくべきだ、
あんな大企業が潰れるはずはない、といった古い観念から、
未だに多くの日本人が抜け出せていない。

セールスフォース・ドットコム創業者のマーク・ベニオフ氏が
日本についてこう言った。

「日本の経営者と話すとよく、
日本には起業家のカルチャーが無いという話を聞く。
しかし、私はそれが真実ではないと思っている。

楽天の三木谷浩史社長は起業家ではないのだろうか。
グリーの田中良和社長は、
ファーストリテイリングの柳井正社長はどうだろう。
盛田昭夫さんは、もっとも偉大な企業家の一人だった。

日本には起業家精神が無いというよりは、
起業家たちが高い評価を受けていないのだ。
では、それはなぜだろう?
答えはシンプルだ。
彼らは既成概念を覆すからだ」

彼が言うとおり、古い観念やスタイルを捨てて、
既成概念を覆すような取り組みをする人たちを
尊重する風土の育成こそが、
わが国にとっての急務なのである。

私はグーグルという「クラウド・コンピューティングの
今と未来を構築する会社」に勤め、
内部から体験することで、
そのすさまじさを肌で感じ取ることができた。

インターネットの中にボーダレスな地球が
もう一つできあがっているような時代には、
「クラウドのリアルタイム性」がキーワードになっている。

あらゆることが瞬時に世界へ伝播し、平準化され、
ネットが無かった時代には他人事だったことが、
たちどころに自分事になるような時代に我々は生きている。

グーグルはそういった時代の本質を誰よりもよく理解し、
あっという間に世界を席巻する存在に昇りつめた。
それは、彼らの意思決定と行動のスピードが
圧倒的に速いからだ。

かつて、人のやらないことを誰よりも先にやっていた
開拓者精神旺盛なころのソニーは
「モルモット」と呼ばれた。

これからは、20世紀の延長線上で
発想したり行動したりするのではなく、
21世紀の新しいスタイルを生み出しながら、
チャレンジをやり遂げていく
開拓者精神が求められているのだ。

本来、チェレンジは楽しい。
そしてそれは、ちょっとした知恵と勇気があれば
思ったよりも容易に始められるものだ。
その第一歩となるのが、
今、大事に抱え込んでいるものを
思いきって「捨てる」という行為だ。

自分の人生を要所要所でリセットして、
捨てるべきものを思いきって捨てていくことが
人生を転換させることにつながる。

われわれの周囲は、時代遅れの常識や、思考法や、
ビジネスモデルや、組織のスタイルで満ちている。

そうした身のまわりの古いしがらみを捨てるだけで、
世界はまるで違って見えてくるはずだ。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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