■“ライバルの男がバラの花を10本贈ったら、
君は15本贈るかい?
そう思った時点で君の負けだ”
有名なスローガン“Think Different”を思い起こさせる
この名言は
「ライバルが何をしようと関係ない。
その女性が本当に何を望んでいるかを
見極めることが重要だ」と続く。
人生は短く、そんなに多くのことをやるチャンスはない。
だから、自分で選んだものは、
やる価値があるものでないといけない。
ジョブズは“世界を変える”ことに人生を賭けた。
■“今やっていることが、どこかに繋がると信じてください”
1984年発売の初代マッキントッシュは、
美しいフォントを持った世界初のコンピュータだった。
リード大学をドロップアウトし、
興味が湧いたカリグラフィのクラスに潜り込んだ。
「文字の持つ、その繊細な芸術性に夢中にならなかったら、
マッキントッシュは誕生しなかっただろう」と、
スタンフォード大学卒業式での祝辞で振り返った。
そして、“点と点の繋がりは予測できない。
だからこそ、いつか何かに繋がると信じ、
自分の心に従う勇気を持って欲しい”という
彼の想いを伝えている。
■“頭で理解することより、体験に価値を置いている”
知識も大切だが、体験してこそよく分かることを
指した禅の教えから。
養子という生い立ちに悩んでいた若かりしジョブズは、
70年代のヒッピーカルチャーに心酔し、
座禅、瞑想、問答、インドでの托鉢など、心の探求を続けた。
やがて禅と出会い、
アップル創業時まで熱心に修行に打ち込んだ。
ジョブズが心や直感に従うのは、
こうした経験や知見に基づいている。
■“私たちはいつも偉大なアイデアを臆面もなく盗んできた”
ピカソの言葉「凡人は模倣し、天才は盗む」を好んだジョブズ。
実際、iPodもマッキントッシュの技術も
既存のアイデアや技術に由来している。
しかしそれらの経営陣が気づかなかった技術の価値を見抜き、
優れた商品にしたのはジョブズだった。
ゼロックス社パロアルト研究所を訪れた際には、
「なんで放っておくんだ。すごいじゃないか。まさに大革命だ」と飛び回ったという。
■“アップルは他社からの難民で成り立っている”
「個人としては極めて頭がいいんだが、
他社ではトラブルの種になるような連中ばかり」と
社員を表現している。
世界を変えたいと本気で考える彼らに従順は望めない。
初代マッキントッシュは、“宇宙を凹ませたい”ジョブズと、
それに応えられる力をもった若き天才クリエイターの
凄まじい情熱と仕事量から誕生した。
■“前進し続けられたのは、自分がやったことを愛していたから”
マッキントッシュ発表の1年後、
自ら創業したアップルを突然解雇され、
途方にくれていた彼を救ったのは、
“それでも、自分がしたことを今も愛している”という確信だった。
その気づきが成功者であることの重みを、
初心者の身軽さに変えた。
そして、人生で最もクリエイティブな時期を迎える。
後にアップルに買収されるネクストを起業し、
ピクサーを買収し、
妻となるローレンと出会うのだ。
■“集中と簡潔が私のモットー”
アップルに復帰後、すぐに数百ものプロジェクトを中止、
製品ラインも大幅に削減し4種類に限定した。
グーグル創業者ラリー・ペイジから
優れたCEOになる秘訣を聞いたときにも、
晩年のジョブズは「集中」を強調している。
ジョブズはNew Balanceのスニーカー、リーバイスのデニム、
イッセイミヤケの濃紺のタートルネック、という
ノームコアスタイルを貫いたことでも有名だが、
その背景には日本の制服文化や禅の影響があった。
■“デザインは、どう見えるかではなく“どう機能するかだ”
「デザインは“どう見えるか”だと勘違いしている人が多い」と
前置きした上での言葉。
アップルにとって、デザインとは商品の外観ではなく、
製品そのもの。
製品の本質に注意深くピントを合わせていくと、
使いやすく、エレガント、そしてシンプルになるのだという。
「製品がすべてを語ってくれる」。
ジョブズはそう信じていた。
■“ロールモデルの一人にボブ・ディランがいる”
アップルに返り咲いた数年後、ジョブズは自分の人生や自身を
クリエイターと表現するようになる。
「失敗をおそれずトライする限りアーティストなんだ。
ディランもピカソも、チャレンジし続けた人物だ」。
ピクサーの成功で栄光を手にしながらも、
瀕死の状態にあったアップルに戻るという決断を
後押ししたのは、
幼い頃からファンであり、立ち止まることのない姿を見せ続けた
アーティストの存在だった。
■“イエスではなくノーと言うことだ”
大切なのは、“本当に重要なことにピントを
合わせられるかどうか”。
間違った方向に進まないために、またやり過ぎないために、
1000もの良案にも「ノー」と言い続けた。
「僕のいちばんの貢献は、本当のいいもの以外には
常に口を出しつづけたことだ」
「何をしてきたかと同じくらい、
何をしてこなかったかを誇りたい」と、
その重要性を強調している。
“安全にやろうと思うのは、1番危険な落とし穴なんだ”
ジョブズは、iPodのなかで一番の売れ筋だった
miniの生産を打ち切り、
薄型の後継モデルnanoの開発に踏み切っている。
Mac OSのときも、伝統的なスタイルを捨て、
デザインを一からやり直す決断をした。
「さらに優れたものをつくりたい」という強い想いは、
誰もが持つ安全願望を拒み続けた。
■“ゆっくり燃えるのがいいという人がいるのも知っている。
でも、僕はビッグバンでね”
アップルを創業した76年から2011年に亡くなるまでの
35年の間に、
パソコン、ポータブル音楽プレイヤー、
携帯電話のあり方を変え、
世の中に変革を起こした。
また、自身が設立したピクサーによる
世界初の長編フルCGアニメーション
『トイ・ストーリー』の大成功は、
アニメ制作のあり方も変えた。
そのスピードと影響力、カリスマ性、独創性、
リーダーシップは、
世界中の起業家に影響を与えている。
■“もし今日が人生最後の日だったら、
今日やろうとしていることをやりたいだろうか?”
17歳で「毎日これが人生最後の日と思って生きなさい。
必ずその通りになる日がくるから」という言葉と出会い、
以来、鏡の前で毎朝こう問い続けた。
妻となるローレンに出会った時も、
打ち合わせの予定があったが、
「もし地球で過ごす最後の夜だったら…」と自分に問い、
打ち合わせをキャンセル。彼女を夕食に誘った。
■“我慢さえできれば、うまくいったも同然なんだ”
起業家の成功と敗北を分けるものは「我慢できるかどうか」。
「だから、情熱を傾けられるアイデアや問題を
持っていなければならない」と語る。
妥協に怒りを爆発させ、容赦なく叱咤したジョブズだったが、
こだわりを持ち続け、激務をやり遂げ、
勝つためには、ビジョンと”強靭な忍耐力”が
必要なことを誰よりも知っていた。
■“絶対にマネのできない、
マネしようとすら思わないレベルの
イノベーションを続けろ”
2001年当時、驚異的な保存数1000曲というiPodで
世界中の音楽文化を一変させ、
iTunesミュージックストアで業界に風穴をあけた。
そしてiPhoneの成功で携帯電話の概念を変え、
まだ文字が読めない2歳半の子供も扱えるiPadを作った。
技術的革新ではなく、
“人間の生き方を変えるイノベーション”で、
世界をリードしたジョブズ。
その独創性と実現力は、
これからも人々をインスパイアし続ける。
「イノベーションがリーダーとフォロワーを分ける」のだ。
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