国際社会を支配する地政学の思考法

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 ペドロ・バーニョス

国家は自分の利益しか考えない。だから、国際政治は偽善的で残酷だ。多くの覇権国は世界の頂点に上がるため、自分が使ったハシゴをわざと蹴り倒し、他国が追いつくのを阻止してきた。

例えば、英国は重商主義で台頭したにもかかわらず、いったん覇権を握ると他国には自由貿易を求め、繁栄を保った。大国がライバル国の弱点に容赦なくつけ込み、競争に勝った例もある。スペイン帝国を破り、米国がカリブ海を制した1989年のキューバ戦争がそうだ。

日本は礼儀や仁義を重んじ、どちらかといえば、相手を貶める権謀術数を得意としないのが弱みだ。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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『ビジネスにはデザイン思考が必要』

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佐宗邦威b

いま、スタンフォードやハーバードなどの米国のMBAトップスクールに通う人たちの間で人気が高まっている授業に、「デザイン」があります。ビジネスキャリアの中でデザインを学ぶということは、欧米のトップスクールでは当たり前になっているのです。

MBAでは論理的思考をベースにした「ビジネスをより効率的にするやり方」を教えるアプローチが取られているのに対し、デザインは今までの延長線上にはない「まったく新しい事業、商品やサービス、プロセス等を創るやり方」を教えています。世界中の企業が大きな変革を求められ、既存のビジネスを立て直すだけでなく、新規事業を創り出す動きがより盛んになっています。なので今、世界のMBAトップスクールは、「デザイン」を取り込む潮流の中にあります。

《先進国企業のビジネスに求められるイノベーション》
日本をはじめとした先進国では、社会が成熟するに従って、企業は非連続なイノベーションを生み出し続け、生き残りを図らねばならない事態に直面しています。新興国の財閥や巨大ベンチャーとの競争も激化し、既存の企業は収益モデルの大胆な転換を求められています。

「目の前で本業が消えていく」「新たな新規事業を作らないと生き残れない」そんな会話が会社内で飛び交う機会も増えています。

《一億総クリエーターとなれるインフラの整備》
インターネットとスマートフォン、ソーシャルネットワーク(SNS)の出現は、社会の構造を変えてしまいました。創作活動や表現活動といえば、これまでは一部の人にしかできませんでしたが、スマートフォンとパソコンさえあれば、誰にでもできるようになりました。Facebookのユーザー数は世界中で13億人、画像共有のインスタグラムのユーザー数も3億人に達しました。個人がWEBサイトを立ち上げ、SNSのコミュニティーを駆使してマーケティングを行って生計を立てることも当たり前の時代になりました。自分の創造力を活用して、日々の自分の生活をデザインし、やる気になれば商売をしていくことも可能になっています。

《機械と人間の仕事の奪い合い》
ディープラーニングをはじめとする人工知能は、今後20年でめざましく発達し、それに伴って、これまで人間が行っていた仕事が機械に代替えされます。オックスフォード大学のオズボーン教授によって発表された「コンピューターの進化によって消える職業調査」によると、代替えされにくい職業としては以下の2つが挙げられています。
1. ヘルスケアやラーニング、心理学などの人との「深い」コミュニケーションに関わる仕事
2. デザインやエンジニアリング、経営などの「創造」の中心にいる仕事

《自分らしい幸せを求める「足るを知る時代」へ》
社会が成熟した先進国において、人々が求める価値が、物質的な満足から精神的な満足へと変化しています。2050年には、世界の人口は90億人を迎えることが予想されています。限られた資源を今までの倍の人に行き渡らせることが人類の課題となる21世紀は、「自分らしい足るを知る時代」になっていきます。

日々、創造力を発揮するようになると、幸福感が増します。一人ひとりが、自分の生活スタイル自体をデザインし、自分の好みや天性に合った生活を送ることで幸福感を感じること。そのためのスキルとして、「創造力を発揮させる力」が重要になっていきます。

京セラ名誉会長の稲盛和夫
「会社の経営は芸術作品を生み出すのと似ている。 真っ白なキャンバスに創造力を駆使して美しい絵を描いていく作業と同じだ」これからのビジネスは、先行して繁盛している会社を、マネして何とかやっていこうと考えるところは、いつか必ずダメになる。オリジナリティ、クリエイティブ、独創性、創意が、今後さらに重要視される。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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『自分の目、耳、頭を変えて受け止める』

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正法寺住職・愛知専門尼僧堂堂長、青山俊董

久々に中学時代の同級会に出席しました。かつてそれほど美しくなかった友が、深いしずけさをたたえた美しい人になっていました。反対に美しかった友があまり目だたなくなっていました。何十年か会わなかった間の、一人ひとりの友の生き方に思いをはせました。深い美しさをたたえた友の人生は、必ずしも幸せなものではなかったようです。“上手に苦労をした人だな”。不幸なできごとを肥料と転じて、人生を深く豊かなものにしてこられたのだな”と思えました。

沢木興道老師「仏法とは、此方の目や耳や頭を変えることじゃ」沢木老師は幼くして両親や、預けられた叔父さんを失い、最後に遊郭街の裏町にある沢木家にもらわれていきました。ある日、廓遊びをしながら死んだ男の姿を見て、「いつなんどきお迎えがくるか分からん。内緒ごとはできんわい」と悟られ、「両親や叔父が相ついで死んでも目がさめない私のために、菩薩がこのような活劇を見せてくれた」と悟り、出家されました。廓通いをしながら死んだ男さえも菩薩の化身と拝むことができたとき、沢木少年の心には菩薩として、光として刻みこまれてゆくのです。

一般世間では嘲笑ものでしかないことも。問題は向こうにあるのではなく、どこまでも受けとめる側、自分にある訳です。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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『優しい人』

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加藤諦三

「偉大な仕事はみんなの力で成し遂げられる」あらゆる人に自信を持たせ、大きな仕事を成し遂げるには、やさしさや励ましが必要。

優しい人には、「この歌を聴いたら、あー涙が出る」というような歌がある。あるいは、「この歌を聴いたら元気が出る、世の中、辛いのは自分だけじゃないんだと思えてくる」ような歌がある

優しい人は、花に水をあげるときにも、「もし自分が花なら水を欲しいだろうな」と思って水をあげる

執着性格者は、生真面目で仕事熱心だけれど、一緒にいて安らぎがない。それは、幼少期の心の傷を水に流せないでいるから

今の日本、あまりにも優しさがない。そして、あまりにも優しさが尊ばれない「痛い、痛い」と言うときには、膿を出さなければならない。痛くても膿を出すのが慈愛である。膿を出す人が優しい人である

言葉は「帰っていい」だが、心を見れば帰ってほしくないということがある。心を見る人が優しい人である

抑制型の人は、自分の憎しみの感情を吐き出すことで優しくなれる

自己実現について研究をしたマズローは、自己実現している人の考え方の特徴は、「にもかかわらず」だと言う。まさに、このヒナギクの考え方である。空を飛べない、「にもかかわらず」私には価値があり、私は幸せなのである

「昨日の夜、つきあってくれてありがとう。屋台はあまり美味しくなかったけれど、君と一緒で嬉しかった」こうして相手に誇りを持たせる人が、夢を与える人である

仲間の中で大志が生まれる。夢は仲間から生まれる。皆と騒いでいるうちに、戦う意欲が湧いてくる。大切なのは集団の空気。頭の良い暗い集団では、夢は湧いてこない

「人類を愛する人」とはつきあわないこと。愛を唱えている人は、必ずしも優しい人ではない。たいていは残虐で冷たい人であることのほうが多い

「かわいい」と思うことと、「実際にかわいがる」ということは違う

優しい人は、見えないところをきちんとしている

執着性格者は、上に伸びることよりも、根を張ることにエネルギーを向けることが何より大切である

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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『残酷すぎる成功法則』

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エリック・バーカー

玉石混交の自己啓発の成功法則を、すべてエビデンスベースで検証する

興味深いことに、ロビックに見られるような狂気は、ときに運動選手にとって強力な武器になる

ルールに従う生き方は、成功を生まない。良くも悪くも両極端を排除するからだ

演奏家の卵からアドバイスを求められると、彼はこう言った。「演奏以外のすべてを諦めることだ」順調にキャリアを築いていたグールドだが、突然聴衆の前から姿を消す。「人生の後半は自分のために生きたい」と、32歳でコンサート活動の中止を宣言したのだ。彼は「劇的な形で姿を消すことによって存在感を維持し続けた

並外れてクリエイティブな人間とは、傲慢で誠実性に欠け、支離滅裂

軽躁病は、ゆるくでも現実と結びつきながら、目標に向かって片時も休まず、興奮状態で、衝動のままに突き進む仕事人をつくり出す

利己的な人は、初めは成功しそうに見える。しかし長い目でみれば、彼らが成功するために必要とする環境そのものを破壊しかねない

迷惑なことをされても何一つ抵抗しなければ、なめられるのは人間社会の常だ。だから完璧な聖人になる必要はない。実際、聖人でいることは、成功するには不利な戦略だ

多くの人が自分の人生に満足しないのは、楽しいときを過ごしていても、それが自己のイメージに合わないという思いに囚われているから

面白いゲームに含まれる共通要素は、勝てること(Winnable)、斬新であること(Novel)、目標(Goals)、フィードバック(Feedback)の四つ

差し引くより、むしろ新たな課題を加えるほうが仕事への情熱を生む

『外向性は個人的な熟達度と負の関係にある』と題する研究がある。平たくいえば、「外交的であればあるほど、業績が落ちる」ということだ。すでに見てきたように、多くの友人を持つことは明らかにメリットだ。しかし同時に、注意散漫の元にもなる

人には三種類ある。職場に行き、デスクに脚を上げ、あとは12時間夢を見る人。毎朝五時に出勤し、16時間働き、一瞬たりとも夢を見ない人。
デスクに脚を上げ、1時間夢を描き、それから夢のために何かを始める人だ

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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定年したら、やりたいと思っていたことが無くなった

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やりたいと思っていたことが、実は忙しさの中での逃避願望だった。もしくは他人からの受け売りに過ぎなかった。それが分かってシラケてしまう人が多い。

本心に向き合った時、やりたいことは無かったと気付く。その原因は教養不足だとも言える。

やりたいことを見つけるのに時間を費やすよりもとりあえず、興味が無くなった現役時代の夢を、義務のように実現することだ。行動することの快感を得て、意思→実行→快感の回路を太くする。面白いことに、そうなって初めてぼんやりとしていた心の欲求がはっきりしてくる。

日本人は外部から押し寄せて来る、やらなければならない仕事を、条件反射のように打ち返して過ごすのがあたりまえだった。だから、自分の心の欲求を行動に移す訓練ができていない。また心の欲求というのはオリジナルなものなのに、我儘という言葉で抑圧されてきたのでよけいに難しくなる。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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『ハーバード日本史教室』

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佐藤智恵

日本文化は、西洋の知識人の好奇心を刺激しました。日本は政治、経済よりも、芸術、文化、思想で海外に影響を与えてきた国なのです。思想でいえば、新渡戸稲造の『武士道』についても教えています。1900年にアメリカで出版された『武士道』は、セオドア・ルーズベルトに感銘を与えました
(アンドルー・ゴードン)

1900年代初頭、岡倉と弟子たちが羽織・袴という装いでボストンの街を闊歩していると、地元のアメリカ人から「お前たちは何ニーズ? チャイニーズ? ジャパニーズ? ジャワニーズ?」(中国人? 日本人? ジャワ人?)とからかわれました。すると岡倉は「私たちは日本の紳士です。あなたこそ何キーでしょうか? ヤンキー? ドンキー? モンキー?」(アメリカ人? ロバ? 猿?)と流暢な英語で言い返したそうです
(アンドルー・ゴードン)

江戸幕府は「村請制」を農政に導入していました。村請制とは、領主が村に対し年貢の村総量を賦課する仕組みです。この制度では領主が村の農民の仕事内容にまで介入することはありません。そのため農民は副業も自由にできましたし、どんな商売でもできたのです。村に決められた年貢さえ納めていれば、副業の商売に対して税金がかかることもありませんでした。また村請制度は、村の誰かが年貢を出せなくなると、村の他の者が助けてくれる仕組みなので、村の結束力は高まっても、制度そのものを否定することにはつながりませんでした。江戸時代は百姓一揆が頻発しましたが、農民の闘争の相手は領主や代官であって、幕府ではありませんでした。幕府が直接領土を統治する仕組みではなかったために、システムの中に他国にはない柔軟性があったのです
(デビッド・ハウエル)

薩摩も長州も江戸幕府から遠く離れていたがために、独自の経済政策をとることができた
(佐藤智恵/アルバート・クレイグとの対談)

日本は江戸時代、なぜこれほど短期間に近代化を推進することができたか。それを読み解くキーワードは「石炭」です。もし九州地方に鉱山がなければ、日本が急速に近代化を進めるのは不可能だったと思います
(イアン・ジャレッド・ミラー)

渋沢が理想として掲げていたのは、倫理的な責任感を伴った株主資本主義です(ジェフリー・ジョーンズ)

「日本は中国に抜かれた」「日本より中国のほうがすごい国だ」と言う人もいますが、ちょっと考えてみてください。東京で大気汚染を心配することはあるでしょうか。レストランで出された料理を見て「何か変なものが入っていないだろうか」と不安に思うことはあるでしょうか。経済的な成長と、文明的な成熟度は別物なのです
(ジョセフ・ナイ)

リーダーに必要なのは、楽観でも悲観でもなく、現実を冷静に直視し、問題解決をすること。そのために、歴史は多くを教えてくれます。日本人の書く日本論は、とかく悲観/楽観どちらかに偏る傾向があります

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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物語を読む 

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鍋田未佳

物語を読むという行為は、自分以外の誰かの人生を疑似的に追体験することだ。例えば、生まれも育ちも全く違うが、とても他人とは思えないような親しみを覚えて仕方のない人々。また、同じ時代の同じ国に生きていたとしても、間違っても一生交わることのないような人種の人々。物語の中で彼らはこの世界に、それぞれの思想や目的をもって、実在する人間として生きている。

文字や映像を通して、人ひとりの人生では決して知り得ない多様な世界を味わうことのできる物語は、そういう意味で、この世の中の在り方を知る一つの手段と言っていい。物語に入り込んでいる間、私という人間はここにいない。体だけ置いてあとは全部、物語のあちら側に出かけていき、そこで登場人物と一緒に楽しんだり悲しんだり怒ったりする。ときどき自分には理解の及ばないこともあるけれど、それはそれで良しとする。そもそも他人の人生を100%共感することなど、はじめからできないに決まっているのだ。

そうして私は、あちらの世界で共感したり、反発したり、消化したりして持ち帰ったものを密かに抱えながらこちらの世界を生きていく。

エジンオイル、OEM仲間の経営塾より


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『幸せとお金の経済学』

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ロバート・H・フランク

「感謝すること」「幸福をかみしめること」などの心構えを説く自己啓発書はそれこそ山のようにありますが、なぜわれわれが「幸福じゃない」道に突き進んでしまうのか、その原理を説明します。

われわれが購入する財を、「地位財」「非地位財」に分け、それぞれの違いを論じます。
・地位財=他人との比較優位によってはじめて価値の生まれるもの
・非地位財=他人が何を持っているかどうかとは関係なく、それ自体に価値があり喜びを得ることができるもの

われわれが不幸になってしまうのは、地位財を過剰に追い求めて、心を豊かにしてくれる非地位財にお金を配分できなくなるから。非地位財へのお金の配分がカギです。
非地位財を求めることこそが本質的な価値の追求につながるにもかかわらず、我々のDNAは我々に競争することや、地位財を追い求めることを強いてきます余分に使ったお金のせいで生活の質を本当に高めてくれるようなものへの支出がないがしろにされてしまう

1950年には加速力に優れているとされていた車が、今日のほとんどのドライバーにとって遅く感じられるのは言うまでもありません。家のサイズについても同じで、同じ地域の他の家と比べて大きければ大きいほど、広々とした家だと見なされます。要するに、いついかなる場所においても、評価は過去との比較や他者との比較というコンテクストで決まるのです
1つ目の思考実験実際にはほとんどの人が、絶対的なサイズは小さくても、相対的には大きな家が持てるBの世界を選ぶ
2つ目の思考実験自分は1年に4週間、他の人は6週間の休暇がとれるCの世界、そして自分は2週間、他の人は1週間の休暇がとれるDの世界のうち、どちらか一方を選びます。この場合は、Cの世界、つまり相対的に短くても絶対的に長い休暇を選ぶ人がほとんど
住宅は地位財、休暇は非地位財「地位獲得競争」に陥ると、資金が非地位財に回らなくなって幸福度が下がる

──幸せな被験者──の場合、対照群と比較して、見知らぬ人を手伝う可能性がきわめて高い
地位が低い人ほど早く死ぬ
格差が大きい地域では離婚率が高い
金持ちが大きい家を建てると、庶民の家まで大きくなる

豪邸や高級時計を欲しい理由が、自分の社会的立場を示したいだけなら、他の手段で評価されるように仕向ければ良いのです。
どれだけの豪邸を建築できるかではなく、どれだけ貯蓄できるか、どれだけ慈善活動に寄付できるかが重要だと思わなければならない。そのほうが社会的にも大いに生産的です

今でも既に起こりつつありますが、お金持ちが、過度な消費を控えれば、社会全体の幸福度がアップするはずです。

エンジンオイル、OEM仲間の経営塾より

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