『本音で生きる 一秒も後悔しない強い生き方』

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堀江貴文

「起業に関する質問をした時点で、
あなたは本当は起業に興味を持っているんですよ。
起業する前提で今後のキャリアを考えなさい」

何かを実現したいなら、
それを「夢」や「願望」のレベルから
「予定」に変えなければならない。

口で「予定」というだけでなく、
「いつ」「どこで」「何を」「どうやって」
といった情報も盛り込んでしまう必要があるのです。

なぜみんな本音で生きないんだろう。

本心に従って生きることこそ、
人生の充実につながるのに、です。

どうしたら本音で生きられるようになるのか。
僕は次のことが大事ではないかと思っている。 
1.言い訳しないこと 
2.バランスをとろうとしないこと 
3.「自意識」と「プライド」を捨てること

誰かがあなたについてどう思おうが、
それは自分の問題ではなく、相手の問題だ。
他人が誰を嫌おうと、何を考えようと、
それはあなたの人生にはかかわりのないことだ

何かをはじめるなら、何かを捨てなければいけない

他人に要求されるがままに自分の時間を差し出していると、
忙しいように感じるかもしれない。
けれど、それは目の前のことに没頭していないから、
意味もなく忙しい気がしているだけだ

才能も資質も、それを持っているかどうかなんて、
やってみた後で分かるものだ

本当に、暇な人ほど、「できない理由」ばかり挙げて、
何もしないままでいる。
しかし、うまくいく人は、「やるか」「やらないか」。 
それだけなのだ

やってみないと、「自信」はつかない

バランスを維持したまま、新しいことなどできるわけがない。
現状を変えることなく、
物事のいいとこどりをしようというのは
不可能というものだ

エキサイティングな人生を送るとは、
何かを犠牲にして、何かに没頭することなのだ

孤独が不安だというのなら、
どれだけ続くかもわからないたった一つの人間関係に、
自分の人生を委ねるほうがよほどリスクが高い

プライドはなくなったほうが、みんなに愛される。
確実にとっつきやすくなって、人が寄ってくる

何かをする前に勉強をするのではなく、
やりたいことをしながら学んでいくことが大事

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『モノやお金がなくても豊かに暮らせる。』1

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ヘンリー・D・ソロー

資本主義経済のなかで、まったくお金なし、
交換なしで暮らすのは、現実的ではないが、
それでも「求めない」ことで
どこまで暮らしが自由になるか、知っておくのは重要だ。

自分のやるべきことを見つけた人は、
くたびれた古靴や古着を身に着けても美しく見えるだろう。

新しい服はいるのに、新しい発想はいらないという仕事には
用心したほうがいい。
中身がそのままなのに、服だけ変えても
どうにもならないじゃないか。

他人と同じものを欲しがるから貧しくなるのだ。

最も速く伝える手段が
最も重要な知らせを届けるとは限らない。

そもそもはじめから、所有という名の罠に
足を取られないようにするのが一番だ。

たいてい、ほんとうに必要なモノを持っていないのは、
金を持っている人たちの方である。

服を売って自分の思いを守るのだ。
そうすれば、世界が小さくなることはない。

どれだけの富を与えられても、
僕たちの目指す先は常に同じでないといけないし、
そこにたどりつく手段も、
基本的に同じでないといけない。

真に必要なものを自分で作る。
ゆっくり作るほど長持ちするものになる。

今の生活を維持することだけを考えているなら、
何も変えられない

紅茶もコーヒーも飲まなければ
それを買うために働く必要もない。

心さえいつも高く持っていれば、
お金がなくても、失うものは何もない。
余計な富で買えるのは余計なモノだけだ。
魂が求めるものを買うのに、お金はいらない。

必要ないモノはすべて捨てよ。
そして決別せよ。
欲しくもないものを買わされるために働く人生と。

金もない。仕事もない。友もない。
だから、すぐに旅に出られる。

善行こそ、ただひとつ絶対に損のない投資と言える

夢に自信を持ち行動するならば、
孤独は孤独でなくなり、
貧乏人は貧乏人でなくなるだろう。

エンジンオイルのOEMばかりやっておれませんな。

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『すべては「好き嫌い」から始まる』

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楠木健

僕は競争戦略という分野で仕事をしている。

ありていに言って 
「競争の中である商売が儲かったり儲からなかったりする
論理は何か」を考えるという仕事である。

商売である以上、最終的には「業績」という
良し悪しの基準に行き着く。 
しかし、そこに至る道筋である戦略は、 
かなりの程度まで好き嫌いの問題だ。

戦略とは、一言で言えば、
競合他社との違いをつくるということ。

その時点でみんなが「良い」と思っていることを
やるだけでは、 
他社と同じになってしまい、戦略にはならない。

例えば、「ファストファッション」を提供するZARAと 
「ライフウェア」を標榜するユニクロ。

同じ業界ではあるが、
それぞれに「良い」と考えることが違う。

ZARAにとって良いこと(例えばショートサイクルの
多品種少量生産)が、ユニクロにとっては悪手になる。

逆もまた真なり、だ。

当事者が心底好きで面白いと思っていることを
突き詰めた結果として 
ユニークな戦略が生まれる。

これこそが商売の大原則。

商売の基点になるのは自由意志であり、 
戦略は経営者による意思表明に等しい。

にもかかわらず、
良し悪しの跳梁跋扈は、 
ビジネスの世界でとりわけ目につく。

本来は自由意志、好き嫌いの次元にあるはずの
意思決定や行動が、 
安易な良し悪しの基準で切り捨てられる。

逆に「ベスト・プラクティス」の名の下に 
いかにも正しいことのように煽られたりする。

商売に限らず、世の中の9割は好き嫌いで成り立っているのが 
本当のところだと僕は思う。

巨人か阪神か、ビートルズかストーンズか、
レノンかマッカートニーか、天丼かかつ丼か、 
仕事にしても生活にしても、 
大半のことがそれとまったく同じ意味で好き嫌いの問題だ。

どちらでもいい。 
優劣や上下はない。 
好きな方にすればよい。

天丼もかつ丼も親子丼もそれなりに美味しい。 
それでも好き嫌いはある。 
だから好きなものを選ぶ。

考えてみれば贅沢な話である。

千年まえであれば、好き嫌いどころではなかった。

普通の人々は、生存のために「良い」ことをし、 
「悪い」ことは排除しなければならなかった。

良し悪し族の難点は、ともすれば教条主義に傾くことにある。 
良し悪しを見聞きするものに杓子定規に適用して
価値判断をする。

一方の好き嫌いは教養に深く関わっている。 
教条と教養、一字違いだが両者は対極にある。

★「無努力主義」について

『僕のこれまでの経験でいえば、 
「努力しなきゃ…」と思ったことで、 
仕事として上手くいったことは、ただの一度もない。

「努力しなきゃ…」と思った時点で、 
そもそも向いていないのである。

ポイントは、それが「努力」かどうかは 
当事者の主観的認知の問題だということだ。

だとしたら、「本人がそれを努力だとは思っていない」、 
この状態に持ち込むしかない…。

これが試行錯誤の末に行き着いた結論である。 
すなわち「努力の娯楽化」。

客観的に見れば大変な努力投入を続けている。

しかし当の本人はそれが理屈抜きに好きなので、 
主観的にはまったく努力だとは思っていない。

これが最強の状態だ。

趣味の世界では誰しも多かれ少なかれ 
「努力の娯楽化」を経験したことがあるはずだ』

政治でも哲学でも、経済でも経営でも、
最後は好き嫌いで決まる。

どんなにそれが正しかろうが、間違っていようが、 
好き嫌いという感性によってしか人間は動かない。

陽明学の王陽明はそれを、「天下のこと万変といえども、 
吾がこれに応ずるゆえんは、喜怒哀楽の四者を出でず」
と言った。

世界がどのように変わっていこうと、つきつめればすべて、 
「喜怒哀楽」の四つの感情からしか物事は進まない。

いかに喜び、いかに憤り、いかに哀しみ、
いかに楽しむかといことが、人生のすべてだ。

★「仕事の道楽化」
本田静六博士

『人生の最大幸福はその職業の道楽化にある。

富も名誉も美衣美食も、職業道楽の愉快さには遠く及ばない。

職業の道楽化とは、学者のいう職業の芸術化、趣味化、
遊戯化、スポーツ化もしくは享楽化、であって、 
私はこれを手っ取り早く道楽化と称する。

名人と仰がれる画家、彫刻家、音楽家、作家などが、 
その職業を苦労としないで、
楽しみに道楽としてやっているのと同様に、 
すべての人がおのおのその職業を、
その仕事を道楽にするということである。』

『すべては「好き嫌い」から始まる』 
仕事の道楽化を果たそう。

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集中する

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あなたが設定した目標が何であれ、
それを達成するためには集中しなければなりません。
特に、あなたのビジネスにとって必要不可欠な事には、
あなたは全力で集中できなければなりません。

これが、あなたがネット上で
チャンスを追求しているだけの人で終わるか、
「戦略的起業家」になれるかの境目です。

チャンス追求型の人は、
絶えず注意散漫の状態にあります。
常に「他に何かできることは?」
「次のチャンスはどこかにないかな?」と考えながら、
インターネット上を徘徊しています。

その反対に、戦略的起業家は、
必要不可欠なことだけに集中します。
本当の起業家とは、
「自分の成功ビジョンを現実のものにするために、
最小限やらなくてはならない事は何だろう?」と
絶えず自問している。

この両者の違いは大きいのです。
あなたが真の起業家であれ、チャンス追求型の人であれ、
とにかくあなたの周りには、
あなたの注意を引こうとするチャンスや、
あなたの気を逸らさせるものがあふれています。

ですから、あなたが戦略的起業家のように考え、
集中する習慣を身に付けることは、死活問題なのです。

注意をそらすものに関わっていると、
あなたは何か達成しているような錯覚に陥りますが、
現実には、あなたは何も達成していない。
また、そういうことをしていると、
意味あることを何もやり遂げていないのに、
エネルギーと集中力を吸い取られてしまいます。

あなたの人生において、
自分の経営するビジネスで成功したいなら、
あなたは、集中力を身につけなければなりません。
そうしないと、一生、注意を逸らせるものから
解放されることはありません。

できるだけ短期間で、あなたのビジネスにおける目標を
すべて達成できるようになるには、
それしか方法がありません。

注意散漫は、あなた自身とあなたのビジネスに
どんな影響を及ぼすでしょうか?
注意散漫になると「片付けるべき物事を
タイムリーに片付けることができない」ということです。

そうなると、長時間仕事をしている
(あるいは、少なくともあなたは仕事をしていると
錯覚している)のに、
実際は何も達成していない、
なんていうことになってしまいます。

的を絞ることが、
しっかりした戦略を立てる根幹です。
あなたは、ターゲットにしない見込み客や、
提供しない商品など、「今後、対象にしないもの」を
決定するまでは、戦略的になれない。
的が絞れていると、あなたのビジネスにおいて、
それをターゲットにレバレッジを生み出すことができます。
そしてレバレッジによってビジネスは拡張し、
「あなたの手を離れても」利益が出るようになります。

的が絞れていないと、やるべきことを先延ばししたり、
達成が遅くなったりします。
あまりにも注意散漫になると、
物事を一貫して行うことがないため、
達成できすに、締め切りにも遅れ始めます。

最終的な成功に関して
意味のないことばかりやっていると、
そのこと自体からいろいろな問題が発生してきます。

注意散漫は、あなたの顧客獲得能力に
悪影響を及ぼしますし、
獲得した顧客に対しての、顧客維持能力を低下させます。

また、あなたのビジネスが大きく成長すればするほど、
集中力はますます重要になります。
なぜなら、レベルが高くなると、
集中すべきことも増えるからです。

あなたは、組織は大きくなるほど、劣化しやすく、
それが組織中に広まることを理解していますか?
そして、これは、あなた自身やあなたのビジネスにも
あてはまるということを理解していますか?

このことをもう一度理解して、
あなた自身が注意散漫になっていないかを
ぜひ考えてみてください。

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