「喜神(きしん)を含む」

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喜神の神とは神社仏閣に祀ってある神ではなく、
精神の神、つまり心の最も奥深い部分を指す言葉です。

従って喜神を含むとは、どういう立場に立たされようと、
それに心を乱されることなく、
心の奥深い部分にいつも喜びの気持ちを抱いている。
事に当たれば、どんな運勢でも開けないものはなく、
上昇気流に乗ったように開けていくという意味です。

これこそは人生の極意であり、
特に人の上に立つ者が身につけておかなければならない
姿勢だと思います。

喜神を含んでものごとが実行できる為には、
どんな事であろうとも、甘んじて受けることが大切だ。

甘んじて受けることができるためには、
自分の人生は天が導いている、
従がってどういう事が起きようとも、
それは良い事の兆しであって悪い事は何もない
という強い確信が必要である。

天へのこの深い信頼があるとき、
私たちは目先の事に動揺することなく、
一見トラブルにしか見えない事も甘んじて受け入れ、
誠心誠意改善に努力することができる。

人を非難することなく、清々しい気持ちで、
喜々として取り組める。

そうすると、事態は変わっていかない筈はない。
それを一度体験すると、信念が裏打ちされる。

天と自分との間には深い絆がある、という信念を
を強固にするために、
私たちは、あらゆる事を体験させられている。

これを祝福と言わず、何と言おうか。 
人間は祝福された存在なのだ。
私は、人間、万歳!と叫びたい気持ちで一杯である。

お互いの人生を取りこぼすことなく、
有意義なものになるよう、
切磋琢磨して頑張っていこう。

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