佐藤健太郎

「新たな材料こそが時代の扉を開く鍵である」。

レコードは当初、カイガラムシの分泌物を固めた

「シェラック」という樹脂が用いられていた。

しかし1950年代に入り、

ポリ塩化ビニル(塩ビ)製のレコードが登場し、

一挙にポピュラー音楽という巨大市場が形成された

20世紀以降、ダイレクトに感動を生み出す歌手や演奏家が

脚光を浴び、作曲家が裏方に回るという

大きな変化が起きたのは、

要するに記録媒体の変革によるものだ

石器や鉄、塩化ビニルなどは、大量に普及することで

歴史を動かした材料だ。

逆に、希少性と貴重さゆえに争奪の対象となり

歴史を揺るがした材料もある。

金や絹などが、その例に挙げられる

金は変質せず、誰もが欲しがるので、

廃棄されることなくリサイクルされ、受け継がれてきた。

いま目の前にある金のコインは、

かつてはローマの都で取引に使われていたかもしれず、

ヴェルサイユの宮廷で王の身を飾っていたかもしれない。

黄金は、人類の歴史とロマンを一身に凝縮した存在だ

現代では化学合成技術により、純度100パーセント近い材料を

用いることが可能になり、

粒のサイズや、焼成温度も細かくコントロールできる。

これらを用いれば、はるかに優れた「焼き物」を

創り出すことも可能だ。

いわゆるファインセラミックスと呼ばれるものがそれだ

耐熱性も高いため、宇宙ロケットや大型加速器にも

欠かせない存在となっている

人類の行動範囲を広げ、人類の能力を拡大してきた

コラーゲンという材料は、

今また人類の寿命を延ばす役割を演じようとしている

有名なサイエンスライターである

カレン・フィッツジェラルドの『鉄の物語』には、

民主主義が成立しえたのは、

鉄が普遍的に存在するためだという説が紹介されている。

青銅のもとになる鉱石は珍しいため、

一部の支配階級だけが入手できるものであった。

しかし鉄の鉱石は、あちこちに存在するので、

製錬の仕方さえ分かれば

多くの民衆が、これを手に入れることができる。

それゆえに強力な武器は王の独占物ではなくなり、

民衆に力を与えた

紙も火に弱いことに変わりないが、

より多量に安く生産できる媒体であるため、

情報をコピーし、分散保存することも容易になる。

これによって一冊や二冊を焼いても、

情報を消し去ることができなくなった。

コストダウンによって大量生産が可能になった媒体は、

情報のあり方そのものを変えてしまった

よく、車輪は人類の偉大な発明の1つといわれる。

人類の発明の多くは、自然界にあるものから

その原理を学んだものだが、

車輪だけは完全なオリジナルだからだ。

確かに、自然界には何百万という動物がいるが、

車輪で移動するものは見当たらない

近年は、情報分野やバイオ分野の進展がめざましく、

イノベーションのステージは

こうしたジャンルに移ったかに見える。

しかしこれらの分野の開発競争も、

結局は材料という土俵の上での闘いに過ぎない。

画期的な材料が出現すれば、

その上に構築されるテクノロジーも

全く別次元へと進化してしまう

エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より