齋藤孝
花開く可能性を見抜くのは、眼力の中でもっとも難しい。
それは欠点と長所は紙一重と理解しないとできない。
超一流のアスリート高橋尚子は、
変わったフォームが欠点だと言われていた。
同級生たちにはいろいろな勧誘が来るのに、高橋には声がかからない。
フォームのせいだった。
腕振りのせいで上体のバランスが悪く脚が前に出ない。
フォームを変えないと一流にはなれないと指摘をされていた。
高橋も気にしているのだが、思うように修正できない。
腕を振る動作では一般的にひじを後方に引く。
この引きによって上体に推進力をつけることができるので、
腕の振りの正確さ、力強さは走りの鉄則とされている。
しかし高橋はひじを引かない。
ひじの位置はほとんど動かさずに
手首を胸に抱え込むようにしてピッチを取る。
これが最大の『欠点』とされたが直せなかった。
だが、小出監督だけは、「いいフォームだなあ、変えることはないよ」と断じる。
彼は欠点は長所でもあるという眼力を見せている。
フォームは、その子の個性なんだ。だからやたらにいじくっちゃいけない。
それを生かす形を考えていく。
つまり、欠点を長所に変えていく指導をする。
それに応えて高橋は、「ランナーとしてこれでもやれるかもしれないという
小さな自信を始めて持たせてくれたのが監督です。
ほんの小さな自信が私のスタートになった」と、
シドニーオリンピックの金メダルにつなげた。
これは、「欠点も長所と見る」眼力の例だ。
フォームが個性的である理由は、必ずその人の身体の中にある。
それを崩してしまうと、いいものも失ってしまうことがあるというのが小出監督のスタンスだ。
悪いクセとして排除してしまうのではなく、クセを技に変えてしまう。
“クセの技化”ができるかどうかを見る眼力だ。
誰もがふつう短所やクセを抱えており、
それをうまくコントロールしながら日々を過ごしている。
しかし、欠点もアドバイスによって角度が変われば、欠点ではなくなることもある。
根本は変わらなくても、少しずらすだけでいい結果を生むようにできる。
それが小出監督のやり方だ。
一般に、長所は伸ばす、短所は直すのがいいと思われているが、
短所に見えるものと長所は、実は背中合わせだ。
そうした見方に立って見えるようにすると、見抜く力ができてくる。
眼力においては、長所と短所は切り離して考えない。
それが思考の習慣として定着することが望ましい。
ネガポ辞典がある。
ネガティブな言葉をポジティブな言葉に変換する辞典だ。
たとえば…
青二才→フレッシュ、若い、発展途上
飽きっぽい→気持ちの切り換えが早い、好奇心旺盛、行動力がある
悪趣味→自分の世界を持っている、個性がある
浅はか→行動を起こすのが早い、独創的思考
頭が固い→自分をしっかり持っている、芯が強い、肝が据わっている
意気地なし→慎重、他人に流されない
長所は短所の裏返しだ。
すべての物事は、視点を変え、立場や見方を変えると、まるっきり違ったものに見える。
スティーブ・ジョブズ氏は、
自分が養子であり、貧乏だったことが「本当に幸運だった」と言っている。
松下幸之助翁も、「貧乏、病弱、無学歴」のお陰で成功できた、と言う。
エンジンオイル、メーカー、OEM仲間の経営塾より